この場所に帰ってきたら、
名前を呼ばれた瞬間、羊の足がぴたりと止まった。警戒するように見つめると相手はまた笑顔を示す。
「何してるの?君は星を見に来たんでしょう」
「はい、でも貴方に、水嶋先生に用はありませんし」
「だからって避ける理由もないだろう、おいでよ。ここから見る星は、いつも変わらず綺麗だ」
そんな風に言われると、立ち去ろうとする自分が可笑しいみたいだ。そう心の中で文句を言いながらも、羊は郁の隣――二メートル程空けて落ち着いた。
言われるまま来てしまった自分に戸惑いながら、夜空を見上げる。なんだかんだ言ってはやはり星が好きな自分にも、少し呆れながら。
「……あ」
目を向けた先に、羊は思わず声を上げた。
田舎ならではの澄んだ空気、邪魔な光の少なさから星月学園では星がよく見える。その中でも屋上庭園は一際空に近く、絶好の観測スポットだ。
しかしこのプラネタリウムドームの裏は、さらに穴場。視界を遮るものは一切除外され、まさしくプラネタリウムのような。それでいてそれ以上の星空を望むことが出来る。
声を失って見入る羊に、郁が近づいて来た。今度は何の警戒もすることなく、羊はただ星を見ながら郁の存在を容認した。
「綺麗だろう?昔からここは、変わらず星が一番良く見える」
「……昔から?」
「そう。僕は星月学園の卒業生なんだ」
「へえ……」
先輩、というだけで知らない人な気がしなくなってくる。星という共通ジャンルを専門的に学ぼうというだけあって、気の合う人々に巡り会えることもよくある。
しかも教師というなら、さらに星が好きなのだろうな。羊はさらに表情を崩す。
「どうして僕を呼んだんですか。一人で星を見てたのに」
自然と出た質問に、羊自身も驚く。
「こんなにも星が綺麗な場所を紹介したかった、じゃ理由にならないかな」
歌うような口調で、簡単に返されてしまう。教師なんて、そんなものなんだろうか。それに。
この水嶋郁には、教師という以外別の姿があるような気がする。
大体先生というものは、学校だろうがプライベートだろうが、先生以外の生き物には見えないものである。だが、郁にはそれがない。
少なくとも羊にはそう感じられた。
「それにね、っと。もうこんな時間か」
「え」
郁につられて羊も自らの腕時計に目を落とした。見るととっくに門限は過ぎている。一気に体温が上がるのが分かった。
「まずいね……急いで山羊座寮に戻らないと。寮には今日中に僕が引きとめたって言っておくから安心して」
「あ……ありがとうございます」
まるで計算の内かのような手際の良さに戸惑いながら、羊足を屋上庭園の入り口へと向けた。
その背中に、郁が声を掛ける。
「またおいで。放課後はよくここにいるんだ、また一緒に星が見られたらいいな」
郁の声を聞きながら、羊はそのまま屋上庭園を後にした。背中で伝えた返答が、届いているかは分からない。恐らく届いてはいないだろう。
――はい。そのうち、また。
continue
作品名:この場所に帰ってきたら、 作家名:そうまよしあき