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寝ても覚めても憂鬱な朝

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注!同学年学生パラレルです。



寝ても覚めても憂鬱な朝



立っているだけで、シャツが汗で湿り気を帯びる、初夏のある日。青すぎる空も、ぬるく肌を撫でる風も、乾ききった地面に伸びた影の濃さでさえ、何一つ忘れられないくらい、脳裏に焼き付いて離れない。

そんな日になるなんて、思いもよらなかった。


(またやってしまった)


幾度繰り返したかわからない後悔と慣れているはずの孤独感に、胸がつまってどうしようもない。人気のないところを探し、体育館の裏からさらに奥に進み、緑の多い場所にたどり着く。ここならかまわないかとようやく思い、やり場のない感情を目尻から溢れる涙と共に押し流してた。男なのに情けない。そうは言ったって、どうしようもない。

だからその時タイミング悪く通りがかった彼に、何よりも先に覚えたのは怒りだった。しかも、逃げ出すでもなく、唖然とした顔でまじまじと見つめられれば尚更だ。


「何、見てんだよ」


しかし、爆発まで秒読み段階に入った理不尽な感情は、睨みつけた先の申し訳なさそうに目を伏せた仕草に、急速にしぼんでいった。


「あ、えっと、ごめん」


考えて見れば、学校の中なのだから、勝手に人が来るわけがないと思い込んだ自分も悪い。こんなのは言いがかりだ。ただ単に通りがかっただけの生徒に暴力を振るえば、もうそれは通り魔と変わりがない。僅かな冷静さを取り戻した頭で考える。

考えて見れば、新羅や門田以外の人間と言葉を交わすのも久しぶりだった。入学してから繰り返してきた暴挙のせいで、この学校では、今までの風評を聞いて、または実際に破壊された校舎を見て、ほとんどの生徒は静雄の姿を見た途端踵を返して逃げる。

怒りが退くと代わりに現れるのは羞恥だ。今は他人に見せられる顔をしていない。


(よりにもよってこんな時じゃなきゃな)


珍しく逃げない生徒ならば、こんな状況じゃないところで出会いたかったと、都合の良い願いを抱く。

じりと、土を踏む音が聞こえた。やはりこの生徒も逃げるんだろうとかっとなり、いや追い払うことを言ったのは俺じゃないかと自嘲する。せめて早く行って欲しい。静雄の気に障ることをする前に。


「あの、」


予想に反して、近くから聞こえた声に驚いた。


「これ、よかったら使って」


やわらかなタオル生地が目元に押し付けられた。ずり落ちていきそうなタオルハンカチを咄嗟に手で抑え、さっと離れていった身体を目で追う。遠ざかる背中をなぜか追いかけたい衝動が湧き上がるが、ちらりと一瞬だけ振り返ったその顔に、射ぬかれたように足が動かない。

しばらく、日差しが陰る頃になるまで、収まらない動悸を抱え、呆けたように立ちすくむばかりだった。





瞼を貫く朝の光が煩わしくて、寝返りをうつ。その拍子に目が覚めた。


(また今日もあの夢か)


まだ休息をほしがる身体を起こしながら思う。何度思い出したのかわからない童顔を思い出す。背も低く、中学生かと思ったが、うちの生徒である以上、静雄を年は変わらないはずだ。頼りない体格からして、先輩とも思えない。

ふわふわと夢現をさ迷いながら、ベッドから下りる。不意に鳴り響いたパイプベッドの鈍い音が、寝ぼけた頭を正気に返らせた。かっと、顔に血が集まるのを自覚する。


(何を考えているんだ、俺は)


一度会ったきりの男子生徒のことばかり考えているなんて、まともじゃない。家族会わないようにびくびくしながら洗面所に行き、顔を洗うついでに頭から水を浴びた。これで少しは顔の熱も引いたはずだ。

歯を磨きながら、髪の根元が黒くなっていないかを確認する。髪なんて染めたこともなさそうなあいつは、こんな作業は必要ないんだろうなと思い、またもや羞恥に身悶えした。


「兄さん?俺もそこ使いたいんだけど」


呆れたような弟の声が、静雄を現実に引き戻す。慌てて口を濯いで、適当に顔を拭く。その感触に触発されて浮かんだ、ずっと鞄の奥に眠っているハンカチの存在を頭の隅に追いやった。

とっくに朝食を済ませて出て行った弟よりも随分遅れて家を出る。今日も会えるだろうか。爽やかさからは程遠い曇り空を眺めながら思う。寝不足のせいでじくじくと眼の奥が痛い。

呼ぶ名前も知らない人間のことで頭がいっぱいで、何もかもが上手くいかない。

今日もそんな朝だった。




脳裏に浮かぶ誰かの存在を追い出すのに忙しくしているうちに、退屈な授業もいつのまにか終わっていた。我先にと帰っていく生徒をぼんやりと眺めながら、静雄は一向に帰宅の準備をしようとしない。遂に最後の一人になり、静まり返った教室の中、やはり思考が傾いていくのは一人の面影。

窓から校門の辺りを漂っていた視線が、一人の男子生徒の背中を捉える。いつも一緒にいる茶髪の男も、眼鏡の少女も今日は一緒にいないらしい。せかせかと歩く背中は急いでいるようで、何か用事でもあるのだろうか、と思いを馳せる。


(遠いな)


近づく勇気もないのに、勝手に思って、勝手に傷つく。

毎日用もないのに居残って、一度しか会ったことのない奴の姿を視線で追う。見つけられた日はちょっと気分が良くて、見られなかった日はいつもより沸点が下がる。

どうしてか、なんて、あまりにも明白だ。

認めたくない。認められるわけがない。

全然知らないうちに、ほとんど話もしたことのなく、何も知らない奴に、心を奪われていたなんて。そうやって今日も、素直になんてなれない。そのくせ、目を離すこともできない。先に進むことなんて勿論、後戻りもできない静雄は、憂鬱に溜息をつく。


(見えなくなったら、帰るか)


きっと、今日も明日も同じように、こうやって何もできないままでいるんだろう。

そう思っていた時だった。

常人から外れた静雄の目は、普通の視力では捉えられない距離を軽々と見通す。小さな影が、校門を出たところでやけに柄の悪そうな連中に捕まった。

乱暴な手が薄い肩に置かれるのを見た時、静雄の頭の中で何かがキレた。

(触るな)

(なんで)

(俺だって、触ったことないのに)


その後、何が起こったのかは、静雄の記憶にはない。

我に返った時には、地面に這い蹲る男どもの真ん中で、帝人を横抱きにだきかかえていた。

あれほど遠かった身体が自分の腕の中にある。その事実に、気が遠くなりそうだった。それを引き戻したのは、燃えるように赤く染まった彼の顔。

恥ずかしいだろう。当たり前だ。こんな格好で抱えられて喜ぶ男がいるはずがない。

そうは思っても、持ち主の意思に反し、欲望にばかり正直な身体は離れようとしない。半ばパニックに陥りかけた静雄に、か細い声が呼びかける。


「あの、ありがとう」

「あ、いや、俺は」

「平和島くん、だよね」


透き通るような声が自分の名前を呼ぶ。それだけで、心臓を鷲掴みにされたようだった。


「あ、うん。そうだ。えっと、おまえは、」

「僕は竜ヶ峰帝人」


出会った時からずっと、名前も学年も、全然知らないお前のことで、頭の中がいっぱいで。自分のことでさえわからないのに、気がつけば、全然まったく知らないうちに、これはどんな状況なんだ。
作品名:寝ても覚めても憂鬱な朝 作家名:川野礼