彗クロ 2
否。
きっと、何も変われてなどいないのだ。
深い真紅をうろ穴の向こうに吸い込んで、執務室の扉は無情に閉ざされた。
虚脱がナタリアを苛んだ。見えない泥に足元に絡みつかれるようだった。執務卓に手をつき、かぶりを振る。
耳鳴りの向こうで、アクゼリュス一万の犠牲者とレムの塔一万の人柱の物悲しげな怨嗟が聞こえる。
卓上には、書きかけの便箋が所在なげに天井を仰いでいる。
レプリカ発見の報を受け、いてもたってもいられず筆をとったものだった。浮き足立った筆致が半ばで途切れているのは、隣国の将より新たに紙鳥の書簡を受け取ったその瞬間の、如実な形跡だった。
彼方の友人へと希望を押し付けるために綴られた文面は、もはや完成することは永劫にない。
「ルーク……」
かそけくも呟かれた名は、今去った男のものか、三年前に喪われた絆か、あるいは新たに現れたというか細い希望の糸へと向けられたものなのか。ナタリア自身にさえ、わからなかった。