彗クロ 2
……ぐうの音も出ないとは、このことか。足元に落とした視線もおぼつかなく地面をさまようばかりで、反論の糸口など到底見つけてくれそうもない。
悄然と丸まってしまったレグルの肩を、ルークは慰めるようにやさしく叩くと、力を失った拘束から難なく抜け出してしまった。おもむろに袖口に手をかけるのが、レグルの視界の端に入る。
そこから悪戦苦闘が始まった。なにしろルークが今の服を着慣れていないのは傍目にも明らかなのだ。袖を捲り上げようにも、手首から肘までを分厚く覆うアームウォーマーに阻まれてうまくいかないらしい。いっそ脱いでしまおうかと引き下ろすと、今度は籠手が引っかかる。買い上げたばかりの籠手はこれがなかなかに堅牢な砦で、いくつもの金具が門前で通せんぼしてはばからない。
段取り悪く四苦八苦する様子を見るともなく見やるにつけ、混線気味だったレグルの脳は集中力をそちらに奪われ、これ幸いと思考を放棄していった。メティの要領の悪さもたいしたものだったが、ルークの不器用さもたいがいだ。のろのろもたもたと、いっかな進展を見ない作業に、せっかちなレグルは否応なく苛立ちを募らせ、しまいには「〜〜〜だー、もうっ」短く一声吐き棄てると一気呵成に自分の左の袖を捲り上げた。
そしてそのまま勢いつけて回れ右。左腕をひねって内側の白い皮膚を上向かせ、ルークに先んじてアゲイトに突きつけてやる。
この、胡散臭くないのがやたらと胡散臭い男の信用云々以前に、自分の不始末をルークだけに尻拭いさせるような腑抜けになるわけには、いかないのだ。
「オラっ、さっさと抜け!」
「……ええとー」
アゲイトは顔面に苦笑を貼り付けたまま困惑気味に視線を浮かせ、お伺いでも立てるようにルークの顔に軟着陸させた。
ルークは少し意外そうに半歩前のレグルを見つめていたが、まばたきひとつで表情をやわらげ、アゲイトに頷き返した。強敵だった袖をようようたくし上げると、レグルの隣に並んで同じように右腕を差し出す。
「お願いします」
同じ目線の高さにある横顔を誇らしげに彩る柔らかくも意味深な微笑に、レグルは胸中でぼんやりと首をひねった。