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彗クロ 2

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 あからまに覗き込むのもなんなので、レグルは行儀悪く胡坐をかいたまま背を伸び上がらせたり横倒しに傾けたりしてルークの手元を窺ったが、ちらりと先っぽが垣間見えるかという寸前、ルークはそれを持ったまま立ち上がり、馬車の後部へ移動してしまった。幌の隙間を広げ、身を乗り出して外にいる馭者と何か言葉を交わしている。
 レグルは本格的に途方に暮れて、話し込むルークの背中と崩れたままの剣やら槍やらの山とを視線で一往復し、いらいらと頭をかきむしってから、意を決して立ち上がった。放置された積荷の前で胸を反らして腕をまくり、いかにも大儀に作業を引き継ぐ。もやもやした気分の発散も兼ねて、できるだけ大きな音を立てて主張することも忘れずに。
「レグル、今いくら持ってる?」
 ややしてそんな肩透かしな言葉を背中に振りかけられて、レグルは面食らって中途半端に首だけ振り返った。自然、声は潜まる。
「……なんで?」
「ちゃんと数えてなかった……だろ」
「心配しなくても馬車代ぐらい余裕だって」
「そのあとのこともあるから。頼む……よ」
 幌をしっかり閉ざし、ルークはただでさえ平坦な声のトーンをレグルに倣ってさらに心持ち絞って言った。レグルは怪訝に思いながらも残りの荷物をぞんざいに片付け、ルークと向かい合って中央に座り込んだ。
 ルークがニット帽をひっくり返して床に置き、レグルはその上から、硬貨の音を馭者に聞き取られないよう極力静かに小銭袋を傾けた。良銭悪銭入り混じった金銀銅の輝きが白いニットの皿に不時着していく。
 まっ逆さまに数回振っても何も落ちてこなくなったのを確認して、ルークはさっそく分別に取りかかったが、レグルは違和感を覚えてしつこく袋をえずかせ続けた。まだ何か引っかかっている感じがしたのだ。いくら振っても変化がないので外と内をひっくり返してみると、底の部分の内布が二重になっていて、中に何か硬い感触が入り込んでいるのがわかった。コインが挟まっているにしては妙な感じだ。
 レグルは隙間から指をねじ込んで、引っかかった金属の感触を強引に引っ張り出した。加減抜きに引き抜いたものだから、実は縫い付けられていたわけでもなくただ挟まっていただけの物体は勢いよく飛び出して空中で分裂した。レグルは手前に着地してクルクルと忙しなく回転する大きいほうを、虫を叩き潰す要領で床に押し付けた。遠くに転がっていった小さなほうはルークが受け止めた。
 レグルは手の下の物体を掴んで、目の高さに持ち上げてためつすがめつしてみた。なんのことはない、金属製の輪っかだ。女性用のアンクレットだろうか、レグルの手や足首には少々大きい。古びて色あせた黄金色の表面には譜と思しき複雑な文様が書き込まれているが、当然レグルにはさっぱりだ。
「……なんだこれ?」
「どうしてこれがここに……」
 レグルが疑問符を浮かべたのと同じに、対岸で明らかな狼狽が上がった。見ると、ルークが皿にした自分の両手をじっと見下ろしていた。きっと飛んでいったもうひとつのほうだ。
 今度は堂々と正面から覗き込んで、レグルは思わずわっと声を上げた。ルークの両手に収まっていたのは、鮮やかな紫色の石があしらわれた、いかにも高そうなペンダントだった。メティの瞳の色によく似ている。
「すっげ……宝石? ホンモノ?」
「――レグル、これ」
 ルークはいやに切羽詰まった様子で早口に言った。
「これ入ってた袋って、チーグルの長老の?」
「え? うん、じっちゃんとこからパクってきたやつ。あっ、でも中身はちゃんとおれが稼いだ金だぜっ?」
 用心棒まがいの稼業でコツコツ稼いだ小遣いだ。長老の預けておいた全額を、例の朝、真剣の購入資金としてこっそり持ち出したわけである。……結局本懐を果たせなかったがゆえに、今ここにこうして無事にあるわけだが。
 そんなわけで中身の金はともかく、言われてみれば袋自体はレグルが森に持ち込んだ覚えのないものだった。大量生産されるブウサギのなめし皮と比べると何倍も高そうな材質で、ひと針ひと針丁寧に縫い込まれた糸は蟻の行列よりも細緻に整列している。デザインや質感にしてみても、何年も何年も大切に使い込まれたアンティークの風情だ。通常森を出ることなく一生を過ごすチーグル族が、このような高級品らしきものを所持していたというのは、少なからず違和感がある。
 単純に首をかしげるレグルの百倍深刻な顔をして、ルークは穴でも開けそうな勢いでペンダントから視線をはずさない。いくつかの逡巡らしき気配がその表層をよぎると、今度は唐突に、意を決したとばかりに立ち上がった。ペンダントをしっかりと握り締め、馭者台へ向かう。レグルも今度こそは後をついていって、馭者に話しかけようとするルークの背中に貼りつき肩口から覗き込んだ。
「これは代金になりませんか?」
 そう言ってルークがペンダントを差し出すと、整備を終えて戻ってきたところだった馭者は目をまんまるにした。
「こりゃ、また」
「スタールビー……だった、と思う。本物です。今の市場でどれだけの値がつくかわからないけど」
「いやいや相当の品だね」
 腐っても商人といったところか、馭者は丁寧な手つきでペンダントを受け取り、しげしげと宝石に見入った。知ったかぶりではなかろうなと、レグルは胡乱な半眼になる。
「武器屋のくせにわかるのかよ」
「畑は違うが、これでも商人の端くれだかんなぁ。ガラスかそうじゃないかくらいはな。レプリカの鑑定はお手上げだが、確かあれは赤色の劣化がひどいと言うし、ここまで鮮やかな色は保てないだろう。たとえニセモノだったとしてもこれだけのイミテーションなら、別の付加価値がついてべらぼうな値段になるんじゃないかねぇ」
「ウッソくせぇー……」
「じゃあ、十分代価になりますよね」
 疑念色濃いレグルに構わず、ルークが言い募った。馭者は目線に持ち上げたペンダントをためつすがめつしながら、ううん、と気乗りしないふうに唸った。
「普段は物々交換なんぞしないんだが……いやしかし……これじゃあ荷の半分も渡さなきゃつり合わんしなぁ」
「そんなにいりません。運賃と、さっきの剣と、持てるだけの水と食料でいいんです。悪い条件じゃないと思います」
「はあ!? 全っ然フェアじゃねーじゃん!」
 どこをどうひっくり返してもこちらが大損だ。レグルは慌てて割り込み、ルークの視線上にさっきの古ぼけたリングを掲げてみせた。
「どうせならこっち使おーぜ! これだってそこそこ骨董品だろ。足りないぶんは金で補充してさ……」
「それは値がつかない」
 にべもなかった。
 いっそ淡々と否定されて少なからずへっこみながらレグルがすごすご引っ込むと同時に、頭の中のそろばんを弾き終えたらしい馭者がうむと頷きながら顔を上げた。
「よしわかった。こっちはそれで申し分ない。あとはこいつが盗品じゃないことを祈るばかりだが」
「……友達が没落貴族なんです」
「ますますいかがわしい響きだねぇ。まあ、信用するさ。曰くつきのブツを捌くあてがないわけでもないしな」
「……ありがとうございます」
「そうと決まればそら、今は大事に持っときなよ。荷はあとで見繕うからよ。峠に着く頃にゃ気が変わってるかもしれんしな」
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯