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風に詩をのせて…

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それは罪なる事なのか
それを罪とするならば
風は光を導く為だけに
置き去るは愛しきもの



「貴方という人は…母上は亡くなりました!
亡くなる前に、なんとか一目でもお会いしてほしくて、私は父上を捜す旅に出たのです」
マンスター城がセリス率いる解放軍の訪れにより、安全圏に入って間もなくの事だった。
城下町から少年の荒げる声が聞こえた。
その声の主はセティ。
シレジアの勇者と呼ばれる彼の憤りの矛先は、解放軍の軍師でもあるシレジア王、レヴィンに向けられていた。
セティは、重い病に倒れた母フュリーに父レヴィンを会わせたいと、旅立ったきり戻らない父を捜すべく国を出た。
途中、母の死を知り、一度はシレジアへ戻ろうとしたのだが、マンスターが帝国軍によって苦しめられている惨状を目にし、マンスターに留まった。
そんな中、父と出会えたことに喜びを感じたが、自分に対して、そして母に対しての素っ気無さに苛立ち、つい声を荒げてしまった。
「そうか…フュリーが…それは可哀想なことをした…」
愛する妻の死を息子から聞いて、瞳だけを逸らしてレヴィンはそう言った。
そんなレヴィンに、セティは込み上げるものを覚えた。
…が、幾分か治まりを見せた彼の声は静けさを取り戻し、こう言った。
「父上、貴方は冷たい人だ。母上の死を聞いても涙ひとつ流されない…」
セティの言葉に、レヴィンは瞳を逸らしたまま言葉を返さない。
セティは、父の返答を待たずに、更に言葉を紡いだ。
「フィーも貴方を恨んでいました。自分からは口をきかないと決めていたようです。
父上はご存知なのでしょう。何故声をかけてやらないのです?」
セティの妹フィーも、解放軍に参戦していた。
天駆ける天馬騎士であるフィーが目に止まらない筈が無い。
それなのに、フィーにすら声をかけない父。
そんな父が、やっと重い口を開いた。
「セティ、私には妻も子もいない…そう決めたのだ。お前もそのつもりでいろ…」
それだけ言うと、レヴィンはゆっくりと踵を返して立ち去っていった。
「父上!?」
自分に向けられた背中に、困惑と怒りを混ぜ合わせた感覚を抱き、セティは遠くなっていく父の背に叫んだ。



帝国軍の残酷な爪痕を残す城下の並木道まで来ると、レヴィンはフッ…空を仰いだ。
初夏の日差しが木々の若葉を透かして降り注いでくる。
(…失う事に、後悔も寂しさもないと思っていたが……)
目を細め、愛しい女性の顔を思い出してみる。
若葉のように柔らかな緑髪と瞳の天馬騎士。
昨日まで一緒だったかの様に彼女の笑顔ははっきりと思い出せる。
彼女に似たのか…それとも自分の髪色に似たのか……。
久し振りに見たふたりの子供は、鮮やかな緑葉の髪と瞳がとても印象的だった。
「あれで、良かったのですか?」
ふいに声をかけられ、レヴィンは我に返った。
すぐ横を見れば、真剣な眼差しで自分を見ている剣士シャナンがいた。
「丁度側を通りかかって、聞こえてしまいました。何もあそこまで突き放さなくても……」
「…俺は、シレジアの王でもなければ、あの子たちの父親でもない。…いや、そうでなくなってしまったと言った方が正しいな。
あの子らの父親は、もうこの世にはいない」
「レヴィン王…」
再び空を仰ぎ見るレヴィンに、シャナンはただ名を呟いた。
…が、レヴィンが今、自分のことを「私」ではなく「俺」と言った事に気づいて、シャナンは目の前の男性を軍師ではなく友として見て微笑んだ。
「…人間とは、欲張りなものですね」
「?」
突然、妙な事を言ったシャナンに、レヴィンは思わず向き直る。
「シレジア王や、あの子たちの父親がいなくなってしまった理由を知りたくなってしまいました。無理にとは言いませんが…」
「本当に欲張りな質問だな。…そうだな。お前になら、話しても……」
そう言うと、レヴィンは語り始めた。
昨日のことの様に鮮明なまでに記憶に焼きついた、あの17年前の悲劇を……。



「全軍に告ぐ。反逆者シグルドとその一党を捕らえよ。
生かしておく必要はない。その場で処刑するのだ!!」
バーハラの城門で、アルヴィスの声と右腕が挙がる。
全てが仕組まれた罠だと知った時には、シグルドを始めとするほぼ全員がバーハラ兵の攻撃の的となってしまっていた。
「アルヴィス! …きさま!!」
滅多に見せないシグルドの怒りが、叫び声となってレヴィンの耳に飛び込んだ。
「シグルド!!」
レヴィンは思わず彼の名を叫んだ。
アグストリアから2年余、シレジアでは王位継承問題に悩む自分を何度となく励ましてくれたシグルドが、ファラフレイムの神炎にその身を焼かれようとしていた。
(駄目だ! …これでは……)
それは神託にも似た直感だった。
その思いが僅かにレヴィンの気を緩ませた。
自分を狙うバーハラ兵から注意がそれたその時、
「!!!」
レヴィンの左胸部に鈍い音と振動が走った。
次いで、意識を奪い去ろうとする激痛が体中を支配していく。
胸部から下が、次第に赤色に染まっていく。
数秒をおいて、兵士の槍が自分の左胸を背後から貫いたことが解った。
「あ…」
声を漏らすと同時に、口の端から鮮血が顎をつたった。
もはや喋ることも叶わない。
薄れゆく意識の中で、彼が見たものはふたつ…。
ファラフレイムの閃光と、
羽ばたく一頭の天馬…。
(シグルド…フュリー……
駄目だ………こんな所で…こんな…終わらせては駄目だ………
誰か…神よ……まだ………)

――終われない――

それから10日が過ぎ去った。
シレジアの山奥。
レヴィンは、その山奥にぽっかりと空いている洞の中で横たわっていた。
「……」
眠りから覚めるかの様に、レヴィンは洞の天井をぼんやりと眺めていた。
やがて、その目に映る景色が意識を失う前のものと違うことに気づき、ガバッと起き上がった。
「え!?」
起き上がったその時、体に何の痛みも感じないことに気がついた。
恐る恐る左胸に触れてみる。
「傷が…」
跡形もなく消えて無くなっていた。
槍で貫かれたものがこんな簡単に治る筈が……。
まして傷痕すら残っていないなど……。
一瞬、レヴィンは槍で貫かれたことの方が夢だったのではと思った。
だが、破れた衣服と乾いた大量の血の痕が、あの時の致命傷を確かなものとして物語っている。
そして、時を置かずにもうひとつ、己の体に異変が起こっている事に気がついた。
袖が破れて露になった左腕…。
そこにある筈のフォルセティの聖痕が消えていた。



「俺は…[レヴィン]は17年前に死んだ。
それをフォルセティが命を吹き込んで仮初の命を与えたのだと、すぐに解った。
この世界の光を導く為だけに。
本来、死に逝く運命にあった者を、己の命を貸し与えて再び生を与えたのだ。
その代償として、フォルセティの聖痕を失った。
今のこの存在は[レヴィン]が望んだ束の間のもの。
世界が光で満ちた時、役目を終えて消え去るだろう」
並木道の若葉を揺らす微風にその身を当てながら、レヴィンはゆっくりと瞼を閉じた。
瞳の奥には、束の間の……楽しく暖かだった家族の思い出が鮮やかに残っている。
「偽りの存在と解っていても、俺はフュリーとセティが忘れられなかった。
作品名:風に詩をのせて… 作家名:星川水弥