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依傷

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俺の心に穿たれた楔。約束。俺の手にあるものと同じで、引き抜かれたらきっと死んでしまう。
血塗れで抱き合う不登校中学生とイカれた社会人に新羅は盛大に溜め息を吐き、慣れているとばかりに俺の左手を治療し始める。他人事ながら、新羅のこの適応能力の高さには脱帽する。諦めが強そうだけど。

「で、静雄くん。解剖の日取りは何時が空いてる? 良いよね? させてくれるって言ったよね?」
「ちょっと新羅、何言ってんのさ」
「静雄くんが良いって言ったんだよ! まさか君の治療を引き受けただけで許可をくれるなんて私は歓天喜地に浸っているよ!」 
「玩物喪志にならないと良いね」

既に会話に取り残されている俺の顔を臨也は覗き込んだ。

「シズちゃん、簡単に許可なんか出しちゃ駄目だよ」
「でも……。うん、でも、臨也が駄目って言うならやっぱやめる」
「それじゃあ契約違反だ!」

ぷんぷんと怒り出した新羅の背後に立つセルティは、比べ物にならないくらいの怒気を放っていた。

『新羅……あれほど解剖とすぐに口にするなって言ったはずなのに!』
「誤解だよセルティ! いや、もちろん、その……」
『今すぐ取り消すなら赦しても良い』
「ごめんやっぱ次の機会に」

俺と臨也とはまた別の種類の力関係が働いているんだなあとぼんやり眺める。多分これは貧血によるものだと思う。セルティがこっちを見ているのに気付いた俺は、ばつが悪くなって軽く頭を下げた。

「……悪かった」
『私で良ければ、その、相談に乗るぞ。何時でもな』

こくりと頷き、麻酔をかけられた手から何時の間にかナイフが抜かれた。止血作業に勤しむ新羅の手を眺め、貧血による意識混濁か、それとも眠気の所為か、俺は臨也の胸に頭を預ける。温もりと心音。これだけで俺を此処まで安らかな気持ちにしてくれる。
がっちり固定された左手を眼を丸くし、「暫くは安静だよ」と念を押される。臨也が新羅から渡された濡れタオルで、自分の頬の血と俺の手ついた血を拭う。俺の髪をくしゃりと撫で、帰ろうかと耳を甘噛みする。俺の血で色んなものが汚れているからそれの掃除を、と思いながら頭を上げるとぐいと引っ張られた。同じ事を考えていた新羅が大声を出す。

「こら! 掃除手伝ってよ! 血って落ちにくいんだよ!」
「その分と治療費と諸々で何時もの口座に振り込んでやるよ。じゃーね、お世話になった」
「あ、……色々、悪かった」

後ろから「お金を払えば良いってもんじゃないんだからね!」という声が追いかけてきたが主に臨也が無視して玄関を出る。
呼んであったのか、タクシーがエントランス前で待機していて、滑るように乗り込む。行き先を告げなくても発車した車に揺られながら、真新しい包帯の慣れない感触を楽しむ。

「新羅に解剖されたら、何されるか判らないよ?」
「うーん……、良いって言ったら、臨也を治してくれるって言うから……、って、あれ、お前もう平気なのか?」
「まあね。風邪は半日で治さないと」
「それ無茶苦茶だ」
「無茶苦茶なのはシズちゃんのメールだよ。なにこれ」

そう言って今朝俺が四苦八苦した送信画面を見せてくる。黒歴史になりそうなそれに俺は思わずかっと顔が赤くなる。まるで幼稚園児みたいな文章だ。

「苦しそう助けて顔赤い……これだけでよく新羅来てくれたね。あいつの理解力をちょっと舐めてたよ」
「濁点のつけ方が判らなかったんだよ! くそ、なんでそんなもん簡単に操作出来んだよ……」
「っぶ……濁点のつけ方、って、……ちょ、ツボったよ……」

腹を抱えて低い声を漏らし始めた。笑いたきゃ笑えと放置を決めこみ、踏ん反り返って腕を組んだ。セルティのバイクに乗せられていた時とは、同じ風景でも見え方が全然違った。けばけばしいネオンも眠らない騒音も、すっかり降り止んだ雨さえも俺を苛つかせない。バイクと違い安定感のあるタクシーに揺さぶられながら揺り籠のように眠気を誘われ、寝てしまおうかと眼を瞑る。

「シズちゃん」

やっと笑いが収まったのか、やや震えた臨也の声。釣られて素直に振り返ると、そっと肩を抱かれた。傷を負って血を流す12歳の心には大きすぎるくらいで、一番密着出来る体勢を探して居住まいを正す。「寝ても良いよ」と囁かれ、それが子守唄になった俺は海水が引くように意識を手放す。今度は自分の意思で。
眠りに落ちる直前に包帯でぐるぐる巻きになった左手で臨也の右手を探しやんわりと重ねる。握り返してくれた事が途轍もなく嬉しくて、子供の口元には自然な笑みが浮かんでいた。眠る俺に囀られた臨也の唄。

愛してるよシズちゃん


ああ、これは絶対に、夢で言われた言葉じゃない。そうだろう? 俺も、左手に僅かに残る金属の感触すらもひっくるめて、お前へこの感情を捧ぐから。




01なんの為のナイフだと思ってるわけ?
   (人はそれを凶器と判断しています)

作品名:依傷 作家名:青永秋