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依傷

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それは俺が本来なら真新しい学生服を着ているはずの年齢だった時。相も変わらない自主的な籠の鳥生活を送っていた頃だった。
成長期に足を踏み入れた俺は毎日のようにぐんぐん背が伸び、昔は見上げて首が痛くなったのに、今や臨也と目線を合わすのにそれほど頭を上げずに済む所まで成長していた。このままのペースで行けば一年も経たない内に追い越してしまいそうだ。
大きくなった俺。必然的にベッドのスペースもかなり奪うようになり、二人並んでも余裕だったのが嘘のようだ。元々俺専用の部屋はあるにはあるんだが、12歳になっても人肌が恋しいといつも臨也と一緒に寝ていた。しかしそれも、俺の成長という理由で限界が訪れようとしている。寝相が良くない俺は知らない内に臨也を蹴り落として一人でベッドを占領しているらしい。意識の無い時の事を責められてもどうしようもないんだが、叩き落とされて腰を痛めた臨也が苛々しながら仕事をしているのを見ていると居た堪れない。一応謝ってはおいたがこう毎夜のように突き落とされるのは良い気分はしないんだろう。
そんなこんなで、俺もそろそろ甘えてないで、添い寝を卒業する歳になったかと思い直していた。世間一般ではとっくに一人寝している学童期だが、特殊な育ち方をした俺に世間は関係無い。余所は余所、うちはうちである。
だが実際に行動に移すのは難しく、今日も寝る際に「今日から一人で寝る」と何度も練習した言葉を出す前に、臨也がぽんぽんとベッドを叩いて呼ぶを見て飛びついてしまう。何度も俺によって痛い目に遭っているのに、懲りないんだろうか。罪の意識をころっと忘れいそいそとベッドに潜り込む俺に言えた義理は無いんだが。電気の消えた暗い室内。明日こそ明日こそと繰り返し、いつものように眼を閉じた。

「……」

眼が覚めたのは、随分と明るくなってからだ。重たい瞼をこじ開け、備え付けの時計に視線を這わせば、9時を回っている。
ブラインドから差し込む朝陽もすっかり昇り切り、起き上がるのが面倒臭くて寝返りをうつ。中学生でありながら学校に通っていない俺は何時に起きようが何時に寝ようが支障は無い。このまま臨也が起こしに来るまで寝ていようと眼を閉じかけ、ようやくこのベッドに自分以外の人間が寝ている事に気付いた。

「……臨也?」

遅寝早起きというきつい生活サイクルを送っている臨也は大抵俺より先に起きて仕事をしている。平日の朝でも休日の夜中でも問答無用で容赦無く切り詰めているスケジュール。大半は臨也自身の悪戯や趣味が入っているのだが、それを差し引いて、臨也がまだ寝ているという事実に驚いた。
それに9時、って。この時間なら変に煩い臨也はとっくに朝食を作って俺を起こしている、のに。
一度寝返った身体をもう一度反転させる。仰向けに眠っている臨也を見て、飛び起きた。

「臨也?」

臨也の顔は真っ赤になって、額や首にあり得ない程の汗をかいていた。咄嗟に握った手は吃驚するぐらい熱く、ぞっとした。息は乱れ、深い呼吸が胸を上下する。それを見た俺がした行動は、臨也の肩を掴んで乱暴に揺する事だった。

「臨也、臨也!」
「っ……」

低く呻いた臨也は気分が悪そうに眉を顰めるが、俺を視界に捉えてくれない。暫く揺さぶっても目を覚まさない臨也の額にお約束事のように手を置く。熱がある事なんてとっくに判っていたのに、汗でぬめるそこに触れた瞬間、熱い臨也の身体とは逆に俺は全身が凍った。

「なあ、苦しいのか? 辛いか? 俺、何すれば良いんだ?」

常識に欠けている俺は、病人が眼の前に居る時にする正しい対処の仕方なんて判らなかった。汗を拭く、着替えさせる、氷を、薬を、タオルを持ってくる。医者を呼ぶ。出来る事なんて幾らでもあるのに、俺はその内のどれも浮かんでこなかった。滅多に病気なんかに罹らない、俺も、臨也も。二人暮らしの高級マンション。俺はそこから一人で一歩も出た事なんか無かった。
体調の悪い臨也よりも錯乱している俺はどうすれば良いのか途方に暮れた末、サイドテーブルに置いてあった臨也の携帯に眼を止める。人を、人を呼ばないと。しかしまともじゃない俺は携帯を使った事が無く、折りたたみ式のそれをうっかり逆から開けようとしてようやく画面を開くが、何をどうすれば人が来てくれるのか判らない。
冷静になれ。思い出せ。臨也は人を呼ぶ時どうしていたか……携帯を出して、開いて、ボタンを押していた。メールをしていた事もあった。臨也のパソコンを見ていた時と同じ手紙のマーク。それを押した。「Eメールメニュー」。決定ボタンを何回も押しながら、宛先の欄で指を止める。
四苦八苦しつつも、若者ならでは適応能力の早さでアドレス帳に辿りつく。知らない名前がびっしりあった。読めない難しい漢字が幾つもあって、慣れないスクロールに眩暈がする。か行でようやく見知った名前を見つけ、安堵した。「岸谷新羅」。

「しん……ら……。そうだ、新羅ならっ……」

何度か会った事もある臨也の友達。制服を脱ぎ棄てたと思ったら常に白衣を着るようになった変な奴だけど、確か、医者だったはず。決定ボタンの連打が炸裂し、視線を下げる。件名、何を入れれば良いんだ。これは臨也の携帯だから、俺からだって伝えないといけない。無難に静雄ですって入れれば良いんだろうか。よしそうしよう。
しはさ行だから、さと書いてあるボタンを押した。繰り返す。すると予測変換の一番上に「静雄」と出た。次に「シズちゃん」。臨也の奴、誰に俺の事を話しているんだ。一瞬気になったけど今は忘れようと努め、なんとか文字をうつ。そこで指が止まった。濁点ってどうやってつけるんだろう。

「ぅ……」

「です」は打てない。た行をどんなに探しても濁点は付いていない。困った。です、と同じ意味の言葉を探すと、「より」? 件名で「静雄より」って変な感じがするけど気にしたらきっと負けだ。臨也がそう言っていた。
この作業だけで既に十分は経っている。ようやく本文まで辿りつき、なんと言葉を入れれば良いのか逡巡した。知識の乏しい俺は臨也が風邪だという事を知らない。兎に角、新羅ならイマジネーションを膨らませてくれるだろうと信じ、最初に臨也が、と打とうとして濁点の壁に阻まれた。これほど臨也の名前を怨んだ事は無い。ああもうなんて面倒な名前だ! と思いかけて自分も濁点がついている事に気付いた。予想変換万歳。
試しに「い」と打っても予想変換は出てこなかった。スクロールすればあるのかもしれないがそこまで頭が回らない。別の言葉を探した。新羅を信じよう。

『くるしそうたすけてかおあかい』

漢字変換の仕方が判らなかったゆえに、不明瞭で読みにくい短文だったが、震える手でボタンを探し、送信した。
既に三十分が経過していて、それでも臨也の病状に変化は無かった。不安から涙ぐんでいると、手に持っていた携帯が急に震えて叫ぶ程吃驚した。
画面を開くと電話着信のお知らせとあって、相手は勿論のこと、新羅だった。だが混乱している上にこれが電話だと気付いていない俺は、バイブを止めたくて適当にボタンを押した。その適当に押したボタンが通話だったら良かったんだが、決定ボタンを連打した俺はバイブは止まったが通話が出来ない状態に放心していた。

作品名:依傷 作家名:青永秋