あなたへ
さ、て。
遊戯はダッシュで家まで帰ってきて、ただいまもそこそこに部屋に籠もって、ここまで降りてきた。
目前には真実の瞳の刻まれた石の扉。
もう一人の遊戯の部屋だ。
遊戯は一つ、大きく深呼吸。手を伸ばして、そっと扉に触れる。
「・・・もう一人のボク? 入っていい?」
重い軋みをあげて、扉が揺れた。
「――――おかえり、相棒」
…ああ。
気付かなくて悪かったな、と続いた言葉を無視して、遊戯はもう一人の自分に思い切り抱きついた。
「…相棒?」
首に腕を回してかじり付いてる体勢では、もう一人の遊戯の表情は見えない。けれど、きっとちょっとくらいは驚いてくれているだろうか。
「・・・ゴメンね、もう一人のボク」
城之内くんに全部聞いちゃった。
「・・・・・・そうか」
軽く腕を回されて抱き返される。
温かい体温と緩い拘束が心地良かった。ずっとこうしていたくなる。
でも、言わなきゃ。
ちゃんと伝えないと。
「・・・混乱させちゃってゴメンね。手加減なしで、とか言っちゃったけれど…キミはいつだって何だって真剣に相手してくれるんだって、ちゃんと判ってる。手を抜かれてるなんて思った事もないよ」
・・・ただ、
「あのね。・・・たぶん、ボク、羨ましかったんだ」
「…羨ましい?」
「うん。――――海馬くんが」
――――・・・は?
「海馬・・・?」
まったく予想もしていなかった名を告げられて、もう一人の遊戯は固まった。
・・・やっぱり。
ゆっくりと身体を離すと、正面から向かい合う。
真っ直ぐにもう一人の遊戯の目を覗き込んで、ちょっとだけ、苦い笑みを浮かべる。
「この間、色々話しながらデッキの調節してたでしょ? あの時、ボクは今までしてきた色んな決闘を思い出してた」
王国や、バトルシティでの決闘者たちとの闘いを。
「…その時に思ったんだ。海馬くんと決闘してる時のキミって、他の時とあきらかに違うなーって」
もう一人のボク、一番楽しそうなんだもん。
・・・それがちょっと、羨ましくなった。
もう一人の遊戯は何か言いたそうな複雑そうな表情をしていたが、構わず続ける。
「無い物ねだりだって、判ってるんだ。だってボクが海馬くんの立場になれるわけでもないし」
第一自分は自分だ。
なる必要だって、ない。
・・・だけど。
キミがボクの前では絶対にしない表情を、見せるから。
「あれがキミの本気なんだろうなって、勝手に思っちゃったから」
…あんな風に向かい合ってみたくなった、から。
――――結局、ただの独占欲、みたいなものだったのかもしれない。
「・・・・・・。」
・・・ちょっと、話してる間に恥ずかしくなってきたんですけど。
でも、どうだろう。少しでも、伝わっただろうか。
恐る恐る様子を窺うと、まず口元に浮かべた僅かに苦笑めいた笑みが目に入った。
「もう一人のボク…?」
視線を合わせると、間近にある赤い瞳が僅かに細められる。
肩に置かれていた手がそうっと額に触れていった。
「――――相棒に手加減するな、そう言われた時。…本当は少しだけ、ギクリとした。・・・自分ではそのつもりが無くても、無意識にそんな風に扱ったんだろうかと。――――だけど、それはない。それだけはないんだ、相棒」
だが、最初はこれでもだいぶ考え込んだんだ。
…おかげで城之内くんにはおかしな事を聞いてしまうし。
バツが悪そうに、もう一人の遊戯は少し視線を逸らした。
その様子が何だか可愛く見えて、小さく遊戯が吹き出すと、何とも言えない笑みを見せて肩を竦めた。
「笑い事じゃないんだぜ、相棒。あの時の城之内くんの微妙そうな表情、見たら嫌でも頭が冷える」
「あー…、でもその時の表情は見てみたいけどね。…続けて?」
結構気合い入れて話す気で来たのに、今は2人、至近距離でくすくすと笑い合いながらの告白ごっこ、だ。
口調自体は軽いけれど、中には今まで口に出す事の無かった本気と、意識していなかった本音を忍ばせて。
「――――前にも言ったように、オレはお前を守りたいと思ってる。だけどそれは大事だから、オレがそうしたいと思うからであって、相棒を庇護するべき…自分より弱い対象として見てるワケじゃない」
「・・・うん」
「たとえ無意識でも、手加減なんか出来るわけがない。相棒はオレの最高のパートナー、だろう?」
額を合わせるほど近くで、もう一人の遊戯が笑う。
惹き付けられる程に強い光。澄んだ、深い赤。
一番好きな、もう一人の自分の笑顔だ。
「――――…うん!」
ひどくハイな気分で、勢いのままにもう一人の遊戯に抱きついた。
そしてちゃんと真正面から受け止めてくれる半身が、彼が言うのと同じように、同じだけの強さで、大切だと思う。
そう、心から。
「・・・言葉にして伝えた方がいいこともあるんだって、皆に言われたよ。ボクも今、ホントにそう思う」
どれだけ近くにいても、長い時間を過ごしても、知らない事はある。
側にいるだけじゃ伝わらない、伝えられないものはある。
でも、そこにあるだけで、判る事も沢山あるから。
少しづつ、見せて欲しい。見ていきたい。
未完成のパズルのピースを埋めるように。
全部が全部、キレイなものじゃないけど、みんな大事な気持ちだから。
「・・・今日はずっと一緒にいてね?」
確認するように小さくそう聞いたら、もう一人の自分は優しい優しい笑みを見せて、遊戯の手をとった。
「逆だ、相棒」
「え?」
「早速ですまないが、権利は行使させて貰おう」
「う?」
・・・な、何だか旗色が微妙なんですけど。
ほんわか気分もどこへやら、もう一人の遊戯はそれはそれは上機嫌ぽい笑みを見せている。
「誕生日のお願い。――――何でも好きな事一つ、頼んで良いんだよな?」
「う・・・うん」
・・・というか、何かすごい見覚えのある表情なんですけど。
そう、これは・・・
「も、もう一人のボク…?」
相当見慣れたものだ。
相手をトラップにハメた時とか。あの物凄い楽しそうな、不敵な。
「えーと…ボク、何すればいいのかな…?」
「後のお楽しみ、だぜ相棒。取りあえずこのままじゃなんだし、部屋に行こう」
「ひゃッ?」
そのまま手を引かれてひょい、と抱き上げられてしまう。
心の部屋ならではの荒業だが、こんな所で使わなくたって・・・!
「もう一人のボク、ほ、本当にこのまま行くの?」
「オレはいつでも相棒に本気だぜ」
「・・・またそーゆーことを真顔で言う・・・!」
「口に出した方がいいんだろう?」
「時と場合によるよー!」
「心外だな、今なんかぴったりだろう」
ぴったりって何・・・?
う、聞かない方が良いのかもしれない。
微妙に引きつった相棒の表情を見て、またもう一人の遊戯は楽しげに笑った。
「オレのワガママに付き合ってもらうぜ、相棒。そういう約束だろう?」
・・・あーあ…。
ホント、この笑顔には、弱い。
「何かぐるぐるしちゃったのがバカみたい・・・」
何だかひどく嬉しそうなもう一人の自分の笑顔を見てたら、もーなんでもいいような気がしてきた。
もう一人のボクはボクに甘いって、皆言うけれど。
きっとボクだって同じだよ。
「…次はちゃんと相棒の言う事聞くぜ。決闘でも、何だって良い。ちゃんとよく考えておいてくれ」