ぐるぐる
延々と続く沈黙の中、遠くで犬の吠える声がした。
チッチッチッ・・と置いていない時計の音が聞こえそうなほどの息苦しい沈黙だった。
(・・・恋人?誰が?お前・・?お前さんって誰?)
頭の中でぐるぐると考えながら、ははは、と乾いた笑い声が僕の口から飛び出した。
「な、何言ってるんですか静雄さん。だって静雄さん男なんて好きじゃ」
「そ、そりゃそうだろ。そこらへんの男が好きだって言ったら、ヤバイだろ。で、でもお前は違うだろ、俺はお前が好きなんだから」
「・・・好き?」
「お、おう」
静雄さんはこくこくと上下に幼い仕草で首を振る。
もう僕には何がなんだかわからない。
だって、静雄さんはあの綺麗な人が、そうだ、あの人が!
「・・・う、うそ!?だって、静雄さん恋人が・・・!」
「お前だろ?え・・・・違うのか!?だ、だってお前付き合ってって・・・そ、そういう意味じゃなかったのか!?」
「えぇぇ!?そ、それはそういう意味ですけど!」
「だ、だよな!?俺たち恋人同士だろ!?」
2人でわたわたと中腰になる。
慌てた静雄さんが僕の両肩をテーブル越しに掴んだ。
そこで静雄さんはぎょっと目を見開いて「細っ!お前、なんかさらに小さくなってないか!?」と叫んでいるけれど、大混乱中の僕には応える技術はない。
「じゃ、じゃあこの前一緒に歩いてた女の人、ホテル、えぇっと腕組んで」
「この前・・・?あ、そっ、それは情報提供者だ!ホテルを転々としてる借金男がそいつの恋人で、でも別れるつもりで、んで金の回収のために潜伏場所教えてもらって・・・!」
「う、腕組んでたじゃないですか!!」
だんだんと声が大きくなっていって、ヒートアップしていく。
まるで嫉妬深い女の人が言いそうなセリフだな、と頭の片隅で思うけれど、自分の口を止めることはできなかった。
静雄さんの顔にも焦りが見えて、掴まれている肩はきっと手形が付いているだろうと思うぐらいには力が入れられている。
「くっつかれちまって、でも無理やり放したらきっと腕折っちまうと思って怖くて!」
「・・・し、静雄さんの馬鹿ーーーっ!!」
とうとうあふれ出してしまった僕の涙に、静雄さんが「あぁぁ」と呻いた。
これまでの僕はいったいなんだったというのか。
思わず手で顔を覆ってしまう。
「悪かった!悪かった竜ヶ峰!!許してくれ!違う、違うぞ、浮気なんかじゃなかったんだ!!ホントにホントだ!トムさんだっていたんだ、先にホテルの場所確認しに行ってくれてたけど、お前どこで見たんだ?ホテルに入る時はトムさんもちゃんと一緒にいただろ!?」
「そんなとこまでずっと見てられませんよ!そんな・・・2人がホテル街に向かう姿見るのでいっぱいいっぱいで・・!」
「う・・・っ、す、すまん・・!!」
「もぅ・・僕、いろいろ限界です・・・・」
ぐすぐすと鼻をならす僕の頭を静雄さんが撫でてくれる。
もう2度と手に入らないと思っていたその感触にさらに泣けてきた。
静雄さんがテーブルを片手で払ってふきとばすと、僕をぎゅぅっと抱きよせる。
分厚い胸板に頬を押し付けられて、じんわりと涙が黒いベストに飲み込まれていった。
「悪かった!謝るから別れるとか言わないでくれよ!お、俺はお前じゃないとダメなんだ!!」
「・・・・ホントですか?」
「本当だ!!」
じぃっと胸元から見上げると、静雄さんは力強く宣言してくれる。
だけど、胸によぎるのは一抹の猜疑心。
(だって、だって、僕あれだけ頑張ったのに!全然ダメだったから、そうなんだと思って!)
「じゃ、なんで手を出してくれなかったんですか」
そう言って僕も静雄さんの背中に手を回す。
すると今までちょっとだけ顔色が悪かった静雄さんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「お、おぉぉお前まだ高校生だろう!?早すぎるだろう!しかもこんな細くて、腰とか片手でつかめるだろ!絶対バッキバキに折っちまうぞ!血とか出るかもしれないんだぞ!お前に痛い思いさせるなんて・・・っ!考えただけで俺は俺を殴れる!」
「いっ、痛くてもいいです!僕だって男です、簡単に折れないです!それより、さ、触ってもらえない方が、寂しくて、悲しいです・・・!」
ずっとずっと僕は寂しかったんです、そう言ってさすがに恥ずかしくなってもう一度静雄さんの胸に顔をうずめる。
そうすると、静雄さんの心音が聞こえた。
ものすごく速い。たぶんハムスター並みに速いと思う。
それだけ静雄さんも緊張してくれてるんだと思うと嬉しくてたまらなくなって、力いっぱい静雄さんに抱きついた。
頬を押し当ててスリスリと頬ずりすると、さらに心音が速くなって、体がどんどん熱くなっていく。
「・・・・っ、お前、ふざけんなちくしょう・・!手加減できねぇぞ」
「ど、どんと来い、です!」
「ったく・・・あぁもうお前好きだ。めちゃくちゃ好きだ」
ちぅ、と可愛らしい音をたてて僕の額にキスが落とされる。
念願のキスです・・と思わず伝えると、静雄さんが泣き笑いのような表情を浮かべた。
「抱くぞ、いいな」
「はい・・僕は、静雄さんになら、どんなことされてもいいです」
お前もう黙れ、と上擦った声が聞こえたと思ったら、僕の口は物理的に喋れないようにされてしまった。
噛みつかれるような口付けにうっとりと目を閉じる。
(明日、起き上がれたら師匠に報告しよう――)
静雄さんの重みを感じながら、僕の体はもう一度畳の上に転がった。