君への涙
──太陽暦460年。
昼食を終え腹ごなしに中庭で思い切りブライトと戯れたあと、フッチはのんびりとした足取りで城の扉をくぐった。腕に抱いたブライトが甘えるように高く短く鳴く。愛しさを込めてきゅうと抱きしめた。
近く、鼻をすする音が聴こえる。見やると、入り口の定位置である『瞬きの鏡』の前に立つビッキーが、鼻を赤く染めて涙ぐんでいた。常にない様子に驚き慌てて声を掛ける。
「ビッキーさん、どうしたんですか!? ──またルックにいじめられたとか」
瞬間、鋭く切り裂く風が寄越された。息をするように避けるフッチも慣れたものだ。壁越しに舌打ちが聞こえたのは気のせいではないらしい。石版の前で忌々しそうに眉を顰めるルックの姿が容易に想像出来る。
「ルックくんはそんなことしないよぅ。あのね、なんか目がカユくって、鼻もムズムズするの」
鼻をすすりながら目を掻くビッキーの手をやんわりと解いて、フッチは覗き込んでいた顔を離し首を傾げた。
「うーん、花粉症かなあ。くしゃみとか出ます?」
「くしゃみ? ううん…… って、ふぇっ」
しまった、と嫌な予感に瞠目するも遅く──
「っくしゅん!」
一瞬後には、フッチの姿はどこにもなかった。
目を瞬かせているビッキーと、消えた主を探してきょろきょろと視線を彷徨わせるブライトだけが、それを見ていた。