君への涙
──太陽暦475年。
瞬きの紋章特有の歪む時空の圧迫感と共に宙に放り出されたフッチは、音を立てて尻餅をつくハメになった。
「あたた…… しまった、ビッキーさんにくしゃみとかうかつに言うんじゃなかった……」
毎度のことながら、彼女のトンデモテレポートには困ったものだ。今度はどこへ飛ばされたのかと、痛む腰を擦りながらフッチは瞼を開いた。
目の前には、のんびりと瞬くビッキーが居る。
「あれ? 良かった、今回はどこにも飛ばされてな、」
「あれあれ?? フッチくん、縮んじゃった??」
「縮むって……」
安心したのも束の間、不穏な言葉にビッキーを凝視すると──服装が、違う。慌てて周囲を見渡すと、見知った石壁造りの城ではないことに気付く。サッと血の気が引いた。まさか。
「こんにちは、フッチくん。そして──ようこそ未来へ」
背中越しに掛けられる声。振り返ると、どことなくよく知る面影の女性の姿があった。まさか。
「アップル、さん……?」
「初めまして、かしら。そう、多分、十五年後のアップルよ。災難だったわね」
いつものこととは言え、とこめかみに手を当て、深く嘆息する。
「わー、可愛いフッチくんがまた見られて嬉しいなあ」
そう、当の本人だけが、常と同じにのほほんと笑んでいた。
「へぇ、ビュッデヒュッケ城っていうんですか…… って、船が刺さってる!」
取り敢えず、と城主への報告の道すがら、アップルは施設を案内していた。トラブルに巻き込まれやすい体質のおかげか、早くも順応しているフッチに苦笑が漏れる。物珍しげに周囲を見回すさまが微笑ましい。
「なんだかこの感じ……また星が動いたんですね」
「さすが察しが良いわね。そうよ、今回のあなたも地微星。私も同じく地伏星よ」
「そうなんですか。ビッキーさんも……あ、じゃあルックも居るんでしょう? やっぱり石版のところですか?」
友の名を呼び表情を輝かせるフッチに反して、アップルの表情は昏い。返らぬ答えにフッチは首を傾げた。
「……アップルさん?」
深い大地色の眸に覗き込まれ、アップルは息を飲んだ。真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず視線を逸らす。
「ルックは……いいえ、ルックくんはここには居ないわ。石版も遠く離れた場所にあるの」
「え、でも、」
「──そう、ブライトも立派に成長したわよ。きっとあなたを待っているわ。さ、行きましょう」
そっと、けれど有無を言わせぬ力で手を引かれ、フッチは釈然としないまま素直にその背中を追った。未来のブライトの姿を思い描いて興奮を抑え切れなかったこともあるし、きっとルックに会えるという確かな予感があったから。