君への涙
──太陽暦460年。
フッチは重い足取りで階段を下った。途中誰に会うこともなかったのは幸いだったかもしれない。鼻をすすり赤い目をこする。こんなにも泣いたのはいつぶりだったろうか。
主の居ない石版の前を通り抜け、ビッキーの元へと辿り着いた。
彼女は相変わらずのんびりと、預けていた小さなブライトと声を弾ませ戯れている。匂いを感じたのか、ブライトがフッチに気付いてその胸に飛び込んでくる。きゅうきゅうと甘えるその柔らかな重みが、フッチの心に温かく染み渡った。
「あれあれ? フッチくんも花粉症なの??」
おそろいだね、と赤い目と鼻で微笑む。
「わたしもね、今日はなんだか目がカユくって鼻がムズムズ……っふえっ」
小さなくしゃみの音と共に、青年は姿を消した。
ころんと支えを失い落ちたブライトの、まあるい眸が主の姿を探し彷徨った。
そうして一瞬後、やはり同じように忽然と少年が現れた。宙に放り出され這うように落ちる。顔面を強かに打ち悶えながら顔を上げた先は──
「戻って、来たんだ……」
本来の時空。十四歳のフッチが在るべきところ。
「?? フッチくん、大きくなったり小さくなったり忙しいね??」
ほわりと首を傾げるビッキーに苦笑が漏れる。
腕によじ登ってくる小さなブライトを見つめ、遠い未来の相棒を思い描いた。
たった数時間離れていただけのこの場所が、なぜかひどく懐かしい。
先ほどまで感じていた──切なく胸を締め付けるあの風の痛みは今はない。
石壁造りの城を吹き抜ける風は、ただただ穏やかに暖かかった。
腕の中の小さな熱を抱きしめて、フッチは最後に一度だけ、涙を零した。
風の行方は、今はまだ──誰も知らない。