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入水願い

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一番最初は、コンクリートで固めて海に沈めた。
一週間後、夜明け前に「おはようございます。」と言って訪ねてきた。

次は山の中に埋めた。
五日後、暗い路地裏から「こんにちは。」と言われた。

次は冷凍した。
三日後、「こんばんは。」と微笑んだ。

次は冷凍して解体した。
その翌日、「お久しぶりですね。」と首を傾げて見せる。


次は、次は、その次はーーー・・・




何度も殺した少年は、その度に自分が年甲斐も無く絆されたあの柔らかい笑顔で戻ってくるようになった。



*********



発端はなんだったろうか。
懇意にしていた少年が、自分と自分の所属する組織にとって不都合な存在になった。処分の理由はそれだけだった。
情が無かったわけではないが、四木は組の意向に反してまでも、少年、帝人を守ろうとはしなかった。
そのくらいの冷静な判断が下せるくらいには、四木の頭はシビアに出来ており、しかし守ろうという発想が浮かぶくらいには、竜ヶ峰帝人という少年に思い入れは、確かにあった。



邪魔者の始末に自分から出向くことは無い。少年を始末する時も例に漏れず、ただ部下に命じただけで事は済んだ。

あまりにもあっさりと、むしろ普通よりも少ない程度の時間しか待たずに、竜ヶ峰帝人の命は自分からも、他の誰からも失われた。確かめるまでもない。自分の部下たちの手際は信用している。




話を伝え聞いたらしい赤林が何か言いたそうな目をしていたが、特別害は無かったので放っていた。


情報屋の青年からは非情に手の込んだ針の先で突くような嫌がらせを受けて、辟易したけれど、あまりそれどころではなかった。




何かを考えてしまうと、胸の内からぐずぐずに崩れそうな予感がして、四木はその事柄を思考しない。




*******


「最近、顔色が優れなくないですかい?」
斜に伺うようにして、赤林にそう尋ねられた。

不意だったので反応が遅れた。緩慢な動作で彼に向い首を回す。
問うた男に向けた自分の顔は、確かにあまり血色がよくなかったらしく、目が合った赤林の表情は疑惑から確信の色へと変わった。

彼が何を考えているかは分かる。その責めるような、哀れむような視線から。

今更、後悔していると思っているのだろう。あの子供を殺したことを。そしていい気味だと、感情を抱いている。無理もない、監視だ警戒だと言って、赤林がなんだかんだ竜ヶ峰帝人を気に入っていたことを知っている。自分と同じように。

「お気になさらず。」
いつも通りに見えると思う、そんな笑みを浮かべて濁す。濁されたことを察したのか、赤林の顔は渋面に変わった。

ちかごろ少し、寝不足なんです。

そう付け加えようとして、やめた。
彼の少年が通ってくる夜を、少しでも、他の誰かに悟られる危険を避けるために。


彼が通ってくるようになってから、少しずつ自分の身体が言うことを聞かなくなっているのには気づいていた。
決まって記憶は途切れがちになる。断片的な記憶として残っているのは、いつものように少年と他愛の無い話をして、セックスに興じて、そこから先は暗闇だ。
ただ少年の声だけが響く。このことは誰にも言わないように。また来るから、必ず自分を迎えてくれるようにと。
その言葉は恐ろしいほど四木の中で絶対のものとなった。


(そんなこと、言われるまでもないというのに。)

そのことだけが少し、四木の中では不満であった。



帝人はきっと自分を殺すのだろう。
有り体な線ではそれが一番可能性が高い。
帝人に逢うたび、生命の薄れていくような奇妙な、言い表わしようのない、それでいて確信の伴う感覚がある。






他人の為に殺した。
自分の為ばかりでなく殺された、

竜ヶ峰帝人。




ならばせめて、彼の為だけに死ねる気でいよう。
その方がずっと気分がいい、救われるとさえ思った自分を、認めるつもりは無かったけれど、そう思うことが四木の気持ちを幾分かは確かに、楽にしていた。


*****

夜が来る。





「四木さん。」

静けさの底から、するりと声が流れ込み、四木の鼓膜を揺すぶった。
身を沈めていた寝床から起き上がり、そろそろ上手く動かなくなりつつある足を入り口のドアに向ける。

初めて帝人が彼の元へ「帰ってきた」とき、確かに切ないほど歓喜していた自身を、余計な思考力が鈍麻した今なら素直に認めることができる。泣きそうだったかもしれない・・・・いや、さすがにそれほどでは無かったか。

どちらにしろ、恐怖という感覚はほとんど無かった。

ドアを開ける。扉の向こうは暗闇だったが、闇の中に立つ少年はいつも通りにそこにいて自分を見上げていたので、目は迷わない。




「こんばんは、竜ヶ峰くん。」
「こんばんは。」





邪気の無い笑顔は、初めて会った時から変わらない。四木が帝人にどんなことをしても、また帝人が四木という男の何を知ろうと、変わらない少年の笑顔が恐ろしくもあった。
犬の仔のようになつっこい訳ではないのに、他愛の無い話に興じながら、不本意にも穏やかな心地にさせられる。それ故に心かき乱された、その声も、雰囲気も、何も変わらない。

確かに殺したはずなのに。
二度目以降はまるべく自分の手で葬ってきたのに。確かにその命を絶った感触を覚えているのに。





「四木さん?」
夢想から醒めると、帝人が四木を見下ろしていた。
いつの間にか元の寝台の上に横たわっていて、帝人が自分に乗り上げている。体勢的には覆い被さっているといっていいかもしれないが、少年は年齢不相応に細く頼りない体躯をしているので、その表現はそぐわなかった。

少し不安げに曇ったほの暗い水色の瞳に向かって、笑みを浮かべて手を伸ばす。
夜気に当たって冷えたのか、しっとり冷たい頬を包み込む、自分の掌は目の前の死人の少年よりもずっと体温を失っているようだ。
何も言わずに頬を撫でていると、不安を表していた瞳はいよいよ悲しげに歪んで、帝人はその表情を隠すように四木の胸の上に伏せた。
拍動が伝わってくる。
そういえば、死んだはずの少年からは、殺すたびに命の打ち寄せる音と微かな体温が返ってきていたのではないか。それらを止めていたのは自分だから間違いない。

自分の上に横たわる体に腕を回すと、薄い体躯がわずかに身じろいだ。一つ間をおいて、恐る恐る細い腕を下に敷いた四木の胴に回す。

「・・・・四木さん、僕は。」
消え入りそうな声が胸の方から聞こえた。

「そんな、悲しそうな声は、やめてください。」
いつも夜毎、嬉しそうな声でおしゃべりをしてくれたのに。

世間的には死んだことになっている少年は、ならば世間にとって確かに死人なのだろう。
生物学的にも死人かもしれない。この腕の中に収めた少年は、人間ではない何かの化け物になっているのかもしれない。いつから。最初に殺した時からか、あるいは出会う前から、初めから。

どうでもいいことだと思った。
重要なのは、再び顔を上げてこちらを見る少年の表情が、悲しそうで、寂しそうなことだ。
薄水色の瞳がひときわ大きくこちらに近づいて、四木を見下ろしている。


作品名:入水願い 作家名:白熊五郎