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私の願い

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 さっと差し出された手を見て、剛は家光を見た。それから左手にある食べかけの塩むすびを見、刀の為に空けてある右の掌を見て、無理、という目で顔を家光に戻した。家光は少し考える風にすると、剛の手から塩むすびを取り上げ、米粒の付いたその手と握手をした。
「…お前、変なやつだな。人の飯を取り上げてまで握手する必要があるか?」
「必要とか難しいこと考えんなよ。言っただろ?よろしく、って」
 にこにこ、と笑いながら家光は握手を解いた。
「この握り飯、お前が作ったの?うまそうだね」
「…もう一つあるけど、食うか?なんならそいつもくれてやる」
「自分の、どうすんだよ」
「仕事の前は少し入れるだけでいい、動きが鈍くなる……それに」
 飯が柔らかすぎて気に食わない、と渋い顔で言うと、家光はぷっと吹き出しそれだけでは足りず声を上げて笑った。
「何がおかしい?」
「い、いやなんでもない、飯くらいなんでもいいじゃないかと思ってさ」
「働く原動力だ、まずいものをムリヤリ食って力になるとは思えねぇ。で、これを食うのか、食わねぇのか?」
「もらう、頂きます」
 家光はその場に尻を落ちつけると、まず剛の食べかけを口に放り込み、続けてもらった塩むすびを食べた。うまい、と言う彼を胡散臭そうに見ながら、剛はふと、
(くだらねぇ…)
 質問をした。
「さっき、あいつらになんて言ってたんだ?」
「あいつら?」
 剛が顎で示した先の若者たちを横目で確認すると、家光は口いっぱいに頬張った米の奥で、あぁ、と言った。
「女の子との初めてん時よりゃ怖くねーって」
「ぶっ……なんだお前、怖かったのか?」
「怖かったよ、一世一代の大仕事だぜ?……って、おいいつまでも笑うなよ、皆見てんだろ!」
「日本語なら分からねーよ。そうかそうか、大仕事だったか、ハハハ」
 本気で腹を立てているでもない家光は、米を咀嚼しながら剛の声に釣られてまた笑いだした。
剛も、内容はともかく声を出して笑ったのは久しぶりのことだった。



2009.06.04  77
作品名:私の願い 作家名:gen