排水溝に落ちる
「おいこら」
ぽーっとしてるぞ気持ち悪い、と心地いい響きが抜けていった。ああそうか、そう云えば矢張が来るのは久しぶりなんだ、とどうでもいいところで納得する。極端な話だけれども、ぼくは久々に矢張の肌を感じて、それに欲情しているらしい。もう欲情する自分を不思議には思わなくなったけれども、その感覚には未だに慣れないのだ。身体を起こそうとする彼をねじ伏せるようにして組み敷くと、呆れ顔の矢張と目があった。
「なにお前、したいの?」
「そう、なのかな」
曖昧に返事をすると矢張はひとつ鼻で笑う。
「はっきりしろよ」
笑っているような怒っているようなへんな顔をした矢張は、まるで覚悟を決めたようにそっぽを向いた。
まだぼくを見てはくれない。別にいいのだけれど、いつかは彼と顔をあわせることが出来るようになるのだろうか、と考え出すと、どうもそんな気はしない。だってぼくらはまだキスもしていないのだから。
「じゃあ、したい」
まるで恋人のような台詞の応酬だな、と思って苦笑いしながら矢張の身体に覆いかぶさる。水滴の残る肌は相変わらずひんやりしていて、先程溶けていくように思えた感触は水滴によるものだったのだな、ということが判った。全身を重ねるように触れ合わせてこのまま溶けてしまえば、もしかしたら一緒になることが出来るだろうか、などと愚かしいことを考える。溶けたところでぼくたちは、一緒になるのではなくそのまま消え去ってしまうのかもしれないけれども、夢を見るのは人の自由だ。
ぼくは何事もなく矢張を抱いた。