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待ち望まない春の訪れ

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 けたたましく鳴き響く蝉の声が風物詩とも言える季節、夏。
茹だるような熱気と刺すような陽射しが肌を苛み、集うだけで上昇して行く体感温度に人々の不快指数の度合いは留まる事を知らない。
涼を取ろうと冷房の効いた建物の中に身を滑らす者、夏そのものを満喫せんと海や河へと足を向ける者、その在り方は様々であろう。


だが、そうした一般的に人が感じる季節感と言う物を、この少年は感じる事も無い。
ひっそりと静まり返った一角は整えられた緑の木々で陽射しを覆い、清涼感を醸すと共に、異質な事にこの季節、蝉の鳴き声はおろか虫の音ひとつ聴こえない。
周囲の喧騒とは掛け離れたそこはまるで異世界のようで、空気ですらひんやりとし涼しく感じる程だった。
室内に縫い止められる少年は、障子越しに見える世界と、その高く聳える壁の向こう側へ想いを馳せ、うっそりと笑む。
儚さの中に垣間見える命の燃える灯が、ユラリと揺れる。
ヒクッ、と肺が引き攣るような感覚と共に、背を丸めて思い切り咳き込んだ。
ゴホッ、ゴホッ、と幾度かソレが続き、濁った瞳が口元に当てていた掌を映した。
汚らわしい赤が広がって、どれだけ吐き出した所でこの業が消える事は無く、その事実に少年は何度も絶望した。

と、廊下の奥からドタドタと聊か品に欠ける足音が響き、少年は驚嘆し急いで手近にあったティッシュで自身の手を拭う。
そのまま身に戻ってしまうのではないか、と言った有り得ない妄想が現実になっていない事に安堵して、塵箱に頬り投げたと同時、障子が勢い良く開かれた。

「帝人!今咳したろ!!」

血相を変えて飛び込んで来たのは、身の丈6尺はあろうかと言う背の高い青年で、黄金に輝く上質の髪に、色素の薄い茶色の瞳。濃緑の甚平を纏って、小脇に水の張った木桶を抱えていた。振動に合わせて揺れる水面は耐えきれず、木張りの廊下に水滴を落とす。
室主の了解も得ずにドカドカと上がり込んだ青年は少年の傍らに座すと、壊れそうに華奢な両肩をガシリと掴んだ。

「大丈夫か!?具合が悪くなったのか??」

「あっ・・・えぇ、その、大丈夫です。静雄さん。ちょっと咽ただけです。」

病的に白い頬をゆるりと緩め、へにゃりと笑った少年は手折れそうな腕を上げ青年のそれに手を当てた。
子供らしからぬ低体温に、青年の眉根が寄る。

「・・・・・・また、無茶してんじゃねぇだろうな?」

「してないですよ。昨日も今日も、日がなずっと布団の中ですし。逆に外に出たい位です、今。」

「許可すると思ってんのか?」

「いえ、全然。」

青年の手が、痩せた少年の頬に添えられる。
ヒヤリとした温度に青年の表情は険しさを増して行くが、自身の体温の低さを感じ取れない少年は、青年の冷たい掌が心地良く、ほぅ、と息を吐いて肩の力を更に抜いた。

「静雄さんの手、冷たくて気持ち良いですね。」

水触ってたからかなぁ、と見当違いな答えを零す少年に青年は呆れたように溜息を漏らした。
普段はしっかりしているのだが、時折年相応に抜けた所があり、目を離した隙に与り知らぬ何所ぞへと消えてしまうのではないかと言う危惧を抱かせる。
義務ではなく、心の底から、青年にとって少年の傍に居る事は自身に課した命であり、それが青年の生きる意味となっていた。
それは、決して青年だけでは無いのだが、それを考えようとすると無意識に手に力が籠ってしまいそうなので、どうにかして思考を明後日の方向へと追い遣る。
チラリ、と青年とは反対側、少年の身体に隠されているモノに目を向け、何事か言おうとして、しかし言葉が出ないまま、やはり小さく息を吐いた。

「・・・食欲、無いか?」

唐突な言葉にきょとんと眼を瞬かせた少年は、殆ど手付かずのまま置かれてある膳の存在を思い出し、ばつの悪そうに肩を竦める。
目を泳がせる少年の行動に今度は大きく息を吐いて、青年は少年の頭を撫で回した。

「ったく、食わねぇと育つもんも育たねぇだろ。体調だって良くなんねぇんだからな。」

言うなり、膳を持って立ち上がった青年の姿を目で追う少年は、後の行動を問う様に青年の双眸をしかと覗き込む。
透明な湖の様に澄んだ瞳に直視され、青年は苦笑した。

「もう少し口当たりの良いモン持ってきてやるよ。ゼリーとかなら食えるか?」

そう言って微笑む顔は兄が弟を見る様に温かい。
はい、と此方も笑顔で返した少年の答えに肯首して、青年は来た時とは正反対の静かさで以て、部屋を辞して行った。





 * * * * *





 青年の気配が遠ざかった事を確認し、少年は障子とは真反対の、部屋を仕切る襖へと視線を向ける。
無表情に機械的な貌を大人びた苦笑に代え、扉の向こう側へ向けて小さく手招きして声を掛けた。

「臨也さん、そんなトコに何時までも居ないで、出てきたらどうですか?」

呼び掛けに、今の今まで気配を微塵も感じさせなかった襖の向こうの空気が揺らぎ、小さな渦が出来る。
そして、頑なに閉じられていたソコに隙間が出来、美麗な紅玉が2つ、此方を覗き見ていた。

「その光景、結構不気味なんですけど・・・僕の傍は嫌ですか?」

少年はその影を迎えに行こうと、布団から這い出ようとする。
その行動に驚いた紅玉は、窺っていた動作を止め急いで襖から飛び出した。

「何してんのさ帝人君!君は絶対安静でしょ?ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃない!」

現れたのは、烏の濡羽色の黒糸に、爛々と輝く真紅の玉、身の丈は1尺程で、濃紺の着物を身に付けている。
先程の青年と比べると随分小さいが、彼等は同じ時期に生まれた兄弟も同然である。

少年の行為を諫めた彼は、白磁の肌に整った貌をしていて、成長後はさぞや美青年になるだろう、と期待させる程の見目麗しい形をしていた。
その、小作りの顔の、隅々まで行き届いたパーツ、眉をキリリと吊り上げ口を尖らせ、腰に手を当てて怒っている姿は、申し訳無いが可愛らしく、少年はつい笑ってしまう。

「ちょっと?何笑ってるの。」

「いえいえ・・・なんでも無いです。心配掛けて済みません、臨也さん。」

少年はどうにか笑いを収めると、両手を伸ばして彼の身体を緩く抱き締めた。

「久し振りに貴方に会えたので、嬉しくて・・・。気を遣ってくれてるですよね?有難う御座います。」

「・・・別に。だって、君には長生きして欲しいもの、竜ヶ峰家御当主。」



 陰陽師一族、竜ヶ峰家。
古くは平安時代から続く陰陽師の名門で、その名声は業界内では知らぬ者は居ないとされる程広く知れ渡っている。
その当代となる少年、竜ヶ峰帝人は、歴代でも5本の指に入る程高い霊力を宿し、その技量、才能、実力は、他を圧倒するものであった。
竜ヶ峰流派の陰陽師は、原則として2匹の式を従える。呪符を用いて度々顕現させるものではなく、常時その形を保ち、有事等に関わりなく、主人の手となり足となり働く存在である。
式は呪符を動力として作られる形代、つまり人形に力を宿し、完全なる人として活動する事が出来る。
この式を生み出す事が、竜ヶ峰流派において一人前の陰陽師として認められる最低の条件であり、年齢は問われない。
作品名:待ち望まない春の訪れ 作家名:Kake-rA