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待ち望まない春の訪れ

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と、言うのも、式を作るには己の霊力や心を人形に明け渡さねばならぬので、心身共に未成熟な場合、形代に人格は宿らないし、よしんば宿ったとしても、式の暴走に因って術者が返り討ちに遭い、最悪命を落としてしまう場合も在り得る。
式を従えると言う事は、竜ヶ峰家において最低の条件であり、陰陽界においては最高のステータスである。よって、竜ヶ峰家はそうした最低ラインを設ける事で、名の存続を図って来たのだが。
此度、僅か6歳でその難関を突破し、弱冠7歳で陰陽師としての地位を与えられた少年が居た。それが、竜ヶ峰帝人である。

帝人の両親は帝人が幼い頃、調伏しようとした悪霊に襲われ、命を落とした。
彼等は共に陰陽師であり、末席でありながら勤勉な姿勢が買われ、また人柄も良かったので、本家に舞い込んだ依頼等に良く駆り出されていた。その時もそうした中の1つだった。
幼くして頼り手を無くした帝人には、傍に居てくれる人が居なかった。その事実が、どれ程の絶望を幼い少年に与えたのかは分からない。
だが、両親の丁度1周忌となった時、親族の前に姿を現した少年が抱いていたのは2体の人形であり、それは式だった。
名を、『臨也』と『静雄』と言う。どちらも、両親が従えていた式から取った名だった。
彼等をどうしたのだと詰め寄った親戚を前に、少年は毅然とした態度で言い放った。
「2人は僕の式で、家族です。彼等以外にもう誰も、要りません。僕を1人前の陰陽師として認めて下さい。」
悲哀と苦悩の中少年が導き出した答えは、帝人の心を覆って頑なに閉じさせるものだった。
両親と共に暮らした家と想い出を守る事。幼かった帝人が縋ったのはそれだけだった。
急遽本家で一族総出の集会が為され、今後の帝人の処遇を如何様にするかについて話し合われた。
結果、持て余し気味ですら帝人の強い霊力と、丁度先代の当主が先日亡くなり空席だったと言う事で、帝人は晴れて、竜ヶ峰家当主の座に納まった。
勿論、安易な日々を送れた訳では無い。妬みや僻み、言われの無い誹謗中傷を浴びせられる事も少なくは無かった。
が、暫く誰にも心を開かなかった帝人はそうした悪意を全て受け流し、良き当主として采配を振るった。元より聡明な子供であったので、大人達も特に手を患う事無く、気付けば10年の年月が過ぎていた。

臨也と静雄、帝人にとって家族とも言える2体の式は、帝人の術師としての実力に比例するように、大変優秀だった。
勿論式としての実力もそうなのだが、他にも彼等が、と言うよりも、主である帝人の優秀さを示すものが2人にはあった。
それは、彼等が、自己の意思で身体の大きさを変えられる点だ。
通常、人形から人へと成り変わるには、術師が特殊な文言を唱え、正式な手順を踏む必要がある。
術師が人形に霊力を吹き込む事で一時的に身体の大きさを変え、有事に際してその効力を発揮できる様にする為だ。
しかし、臨也と静雄はそれを必要としない。
ある方法を用いて、その正式な手順を不要なものとしている。
その方法とは、身体を繋げる事で、直接術者の霊力等を貯蓄する事である。この方法を用いれば、面倒な作法をすっ飛ばす事が出来るので、大幅な時間の短縮となる。
だが、そうしたメリットがある半面、当然払わねばならない代償も発生する。
その代価を、帝人は幼い身体に一心に受けていた。



 グニャリと、臨也の顔が歪む。
痩身を包む寝着の袖は酷く余っていて、心細さに拍車を掛けた。
そろりと伸ばした紅葉の手で、帝人の寝着をギュッと掴む。
残された刻の長さを目の当たりにしたようで、悔しさに唇を噛み締めた。
普段不遜な態度で人を小馬鹿にしたような言動を取る臨也が心を痛めて砕くのは、主人であり最愛である、帝人の事だけだ。

「なんて、顔してるんです、臨也さん。」

見えない筈なのに、帝人は臨也の心情を見事に言い当てる。
目に見えない繋がりが心を結んでいるようで、臨也は迫り上がる感情を必死で抑え込んだ。
無様に涙腺が緩んでしまうなんて姿を、見せる訳にもいかない。

「僕はこれで良いんです。だって、幸せですもの。」

穏やかな声が臨也の耳尻を擽った。
表情までもが容易に想像で来て、歯痒さに臨也は寝着ではなく直接帝人の首に腕を回して力を込めた。

「馬鹿、言わないでよ。1人で逝くなんて、許さない。俺も連れてって貰うから。こればっかりは、いくら帝人君の命令でも、聞けない。」


 式に自由を与える代償として、術者は、その命を差し出す。
元より短命のきらいがある竜ヶ峰家であるが、この方法を取る術者は、行為の度に削られていくので、更に短い。
加えて、帝人は随分と幼い頃から続けている為、その残りは、あと10年、生きられたら奇跡だと、言う程に短命となっていた。

その事実が式に伝えられる事など、本来は無い。
が、臨也は特に敏く、その特性を生かして情報収集をメインとする式であった為、そうした内情に気付いてしまった次第である。
ソレを知って以来、臨也が帝人に行為を求める事は無くなった。
人形のままであれば、動力は呪符なので、出来る事は制限されど、帝人に余計な負担を掛ける事も無い。
その代わり、姿はずっと、1尺のままである。
静雄が青年姿で居られるのは、当然帝人と身体を繋げているからであり、生まれてより悪い間柄の2人だったが、臨也は更に、静雄を憎むようになっていた。


「シズちゃんを置いて逝きたいならそれでも良いよ。寧ろざまぁみろ、って感じだし。でも、俺は連れてって。帝人の居ない人間界なんて、居たって仕方が無い。」

ずっと一緒だよと、泣き出す寸前の、眼元を赤く腫らした少年に永久の忠誠を誓ってから、もう10年。
自らの居場所は、帝人の隣。それは恐らく静雄も変わらないだろう事が腹立たしいが、兎に角、帝人がこの世を去る時は、共に魂こと連れて行って欲しい。



ささやかな願いである。

それだけが2人の全てである。



 腕を緩めて仰ぎ見た少年の浮かべている頬笑みに、臨也は儘ならない現実を目の当たりにして、今度こそ、クシャリと泣きそうに顔を崩した。





作品名:待ち望まない春の訪れ 作家名:Kake-rA