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それまではすべて秘密の話

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「ホテルのディナーでも予約するから誕生日を祝わせてほしい」
お互いの想いを告げあってまだ一か月にも満たない恋人同士。その恋人の誕生日デートなどなんてすばらしいことだとウキウキしながらロイはエドワードに提案した。本来ならラブラブ恋人期間であろう付き合って一ヶ月目だというのにデートした回数はわずかに一回、電話も報告の方がメインのものが僅かに2・3度だ。まあそれは仕方がない。目的のため国中を旅してまわっているエドワードとは初めから遠距離恋愛なのはわかっていた。だからこそ、誕生日くらいは恋人として祝いたい…そう、三十路の大佐は張り切って、どこどこのシェフの料理はどうのこうの、窓から見下ろす夜景はああだこうだと電話先から「誕生日デートプラン」を熱に浮かれるようにべらべらと告げていたのだが…。
だがしかし。
エドワードの反応は思わしくなかった。あー、ステーキとかうまそうだな、とか、ふーん夜景ねえ…キレーかも、な…とかボソボソ告げるだけで嬉しそうでも何ともない。その上、
「あー……アンタも軍務忙しいと思うしさ…その無理しなくていいぜ……」
などど婉曲に断ろうとしているようなその言葉だけを繰り返してくる。
「君の誕生日を祝うのは恋人たる私の特権として認めてくれないか?本当なら指輪でも贈りたいところなのだが…」
ロイのセリフは唐突に区切られる。
「いらねーーーーーーーっ!!んなもんオレが持ってどーしろってーのっ!!」
「…声が大きいとも鋼の。叫ばずとも聞こえるから……」
本当なら婚約指輪に相当する給料三カ月分の永遠の輝きでも贈りたいというロイではある。が、エドワードはそんなロイを一刀両断だ。
「とにかく、ホテルのディナーも…ゆ、指輪もパス!!いらねったらいらねえんだよっ!!」
照れたわけではない。指輪などもらってどうするのだ。指にはめるなんて出来やしない。そんなモノを万が一にでもうっかり受け取って、指にはめたりしていたら。…落としたらどうしようとそればかりに気を取られるに決まってる。カバンの中にしまったら、今度はその鞄をホテルに置いて探索に出た時など…誰かに盗まれやしないかなどとこれまた気になって仕方がなくなるではないか。
そう思いつつもエドワードは気恥しくてそんな言葉は口に出せない。ただ、いらねえとの簡潔な単語のみを繰り返す。
「祝うくらいいいではないか……」
完膚無きまでに、徹底的に拒否されれば。大佐と言えども傷は付く。うっとうしいほどじっとりと、言外に受け取ってほしいとの意を込めて祝うくらいはさせろと言ってはみても、エドワードは祝いなんかいらないと言ってきた。
「と、とにかく。その日に司令部なんていけねえかもしれねーし……べつに…誕生日なんて…祝わなくて…いいから…」
「エドワード?」
「あ、あ、あ、列車来た。じゃまた、大佐。しっかり仕事しろよっ」
ガチャーン、ツーツーツー。無情な音だけを立てて恋人とのホットラインは途切れてしまった。

祝わなくていい。
それは一体どういうわけだ。

ロイは受話器を手にしたまま、じっと繋がってない電話先の恋人の姿を思い浮かべた。どう考えても列車が来たなど電話を切る口実にしか思えない。もしや……と一瞬嫌考えがよぎる。いやいやいや、それは考え過ぎというものだ。ロイはぶんぶんと頭を横に振る。しかし…
祝わなくていい、ではなくて祝って欲しくない、だとしたら。
誕生日は…別の人間に祝ってもらうとかだったら……。
私にだけは祝って欲しくないとしたら……。
ロイはもう一つぶぶぶぶぶんっ!!とその考えを振り払うように頭を強く振った。
…考えすぎ、考えすぎだとも。そうだ、きっとあの子は照れているのだ。たぶん、きっと。いや、絶対。無論。だがしかし……。

ため息をつきながら、ロイは受話器を置いた。その途端にその電話がジリリリリンと音を立てる。
もしや、鋼のが。やっぱり気が変わったと電話してくれたのかもしれない。
勢い勇んでロイは受話器を再び持ち上げた。
「マスタングだっ!」
「よ~お、ロイ!!元気でやってるかー」
……うっとうしいほどの元気な声。ロイとこんなふうに自分を呼ぶのはアイツしかいない。ロイはがっかりと肩を落とす。
「ヒューズ……」
「ん?なんだなんだ?元気ねぇじゃねえかロイ?どうかしたのかぁ?」
「どうしたもこうしたもないっ!!」
が、気落ちした時の親友からの電話は。ついうっかり直前までのエドワードとの会話を愚痴ってしまった。
「あー…そりゃそうだろ。ちびっこならそーだろうなー」
「誕生日だぞ!!誕生日っ!!祝って当然ではないか、何がいけないというのだヒューズっ」
さもありなんとでも言いたげなヒューズの声にロイは大声をあげる。
「そりゃあな、お前が今までさんざん食い散らかしてきたお嬢さん方なら指輪にホテルのディナーにスイートルームでうっとりしてくれるかもな?でもなあ……エドだからなあ…」
「エドワードなら何だというのだ」
「喜ばねえどころか迷惑だろ?そんなもん」
迷惑。確かに今思い起こせば。舞い上がっていた自分には気がつかなかったが明らかに迷惑そうだった。何故なのか…。ロイにはさっぱりわからない。
黙ってしまったロイにヒューズは深いため息を吐きだした。
エドワードが喜ぶモノなど文献だの文献だの文献だのと予測はつく。そして、恋人の誕生日を祝いのならそんな無味乾燥なものではなくロマンチックなものを贈りたいというロイの気持ちもヒューズにはよーーーーーーっく判ってしまった。…わかりたくはないのだが。
けれど、ホテルの食事に美しい夜景に指輪。そんなもの、ロイの過去を彷彿とさせるようなものを贈ったところでエドワードは喜ばないばかりか過去を勘ぐって不機嫌になるばかりではないのか。言葉に出すか出さないかはわからないが、きっと指輪なんか差し出されて瞬間に「大佐はこーゆーモノプレゼントするの慣れてるなー」とか「今までで何人の女の人にこーゆーもん贈ってきたんだろう」くらいは考えるだろう。無駄に回転のいい頭脳を持っているのだからあの豆は。ヒューズはもう一つため息を吐いてから徐に告げてやった。
「誕生日だろ、エドの。ならお前が過去に贈ってきたモンの類似品じゃなくて、エドが喜ぶもん贈るべきだろ」
婉曲に、ロイ自身の過去を彷彿させるような贈り物はやめておけよと、親友としての忠告を込めて言ってやっても、冷静さを欠いているロイにはその言外の意図は通じなかったようだ。「エドワードが喜ぶモノ…文献。いやそれでは誕生日プレゼントとはいえないだろう。それはあくまで身体を取り戻すために必要なものなのだから。賢者の石。どうやって贈ればいいというのだろうか。そもそもそんなものが手に入るのであれば彼は旅などしていない。服も嵩張るから邪魔だといわれるだけだろう。せめてマフラーくらいなら受けとってもらえるのだろうか……」と。ぶつぶつぶつぶつ受話器の向こうで呟くだけだ。
ぐるぐるとループしすぎたロイにため息をついてヒューズはしかたねえなと助け舟を出してやった。
「あのな、ロイ。……時間やりくりしてセントラルまで来い。エドワードの喜ぶもん伝授してやるから」
「そんなとこまで行かずとも今すぐキサマが言えばいいだけだろう」