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それまではすべて秘密の話

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用意などすぐにできるはずだった。東方とはいえ物資に不足はない。むしろ交易の盛んさによって、時によってはセントラルでは入手不可能なものすらこの街にはあったのだ。エドワードに贈るプレゼントくらい中央に行かずとも購入できるに決まっている。
「そっちじゃ無理だから来いって言ってやってんだ。とにかく来い。すぐ来い。エドの誕生日にはそっちに戻れるようにな。…じゃ、そーゆーことで。グレイシアにも言っておくから」
それだけを言うとヒューズは一方的にがっしゃんと受話器を置いた。ロイは眉根を寄せて受話器の向こう側の親友を睨みつけるだけだった。


そうして、エドワードの誕生日当日。なんだかんだ言いつつもエドワードはロイのいる司令部までやってきてしまった。
ガチョンガションと鎧の音も高らかな弟のアルフォンスには理解できないほどのその憂い顔を浮かべながら。いや、それだけではなく「はああああああああっ」と重苦しい溜息も、先日のロイとの電話の時からずっと吐き続けて。さすがのアルフォンスもついつい差し出がましい口を開いてしまうというものだ。
「にーさーん…誕生日くらいその辛気臭い溜息やめたら?せっかく大佐がごちそうしてくれるって言うんだから遠慮なくデートしなよ?」
「……高級ホテルのレストランでディナー、んで欲しくもねえ指輪受けとって挙句の果てには『部屋を取ってるから朝まで』……とかに承諾しねえといけねえのかよ……」
誕生日なのに何の拷問だとエドワードは項垂れる。
「今更何言ってんのさ。兄さんの貞操なんてとっくの昔に食いつくされてるでしょ?」
「……弟よ。兄を何だと思っている。……んなことしてねえ……」
貞操などは確かについこの間、勢いに任せて捧げたばかりではあるが、食いつくされているというのは心外だ。その時のことを思い出すだけで顔どころか全身赤くなり、ついでに弟にそんなこと指摘されれば冷汗まで湧き出るというものだ。
「べっつに何の問題もないでしょ?行っておいでよ」
アルフォンスは気楽に言うが、エドワードはまたもやため息ばかりを吐きだした。確かにロイに誕生日を祝ってもらうのはやぶさかではない。心のどこかには嬉しいという感情は確かにあるのだ。けれど……。
普段は意識の外に置くようにしているが、時間の長さを感じさせる契機に当たるとやはり負い目というものを感じないわけにはいかないのだ。あれからこれだけの時間をかけたというのにアルフォンスの身体は鎧のままだ。確かに元の身体を取り戻すために全力で駆けている。後悔を感じるくらいなら一歩でも前へと強く思う。だが、やはり心に秘めてはいてもどこかに焦りを感じてしまうのだ。それにロイの言う誕生日デート。恋人ならと連呼されたとおり、やはり二人っきりで祝うというものになるのだろうか?少なくともロイの提案した通り、高級ホテルのレストランコースではドレスコードもあるのだろう。ならば当然鎧姿の弟はそこに入ることすらできはしない。アルフォンスは今一人で何やってるのかな、などと気にしながら堅っ苦しい服を人形のように着せられ食べる食事が旨いわけはない。浮かれまくって舞い上がっている三十路はそんなことも失念しているのだろう。
だが、そんなことをアルフォンスには告げたくはなかった。鎧の姿。弟をそんな姿にしたのは紛れもなく自身の罪なのだから。そんな思いは弟には知られたくはない。これは弟には絶対に秘密の想い。だからこそ、エドワードは面倒だと溜息を吐くのだ。ロイの提案する朝までフルコースデートなどはうっとうしいことこの上ないとばかりに大仰に。こんな秘密の想いを抱え続けていることを弟には決して知られないようにと吐き出して。そしてその重い気持ちを抱えながらも半ば仕方なく、それでも心のどこかではほんの少しだけ、恋人に祝ってもらう自身の誕生日に対する嬉しさと後ろめたさを秘めているという複雑さで、エドワードはロイの司令部に足を向けたのだった。


「ちーっす。……大佐、居る?」
無理やりにしかめっ面を作り、不機嫌な声を出す。が、答えてくれた声は明るかった。
「あら、エドワード君アルフォンス君。ごめんなさいね、大佐は休暇中よ」
にこやかなホークアイが二人を出迎える。非常に、機嫌が良い。にこにこにこにこと笑顔の大盤振る舞いだ。珍しいを通り越して薄ら寒い気がしないでもない。どうした?とばかりにハボックやブレダに目くばせをすれば、そーっと書類の山を指さした。
書類の、山。
ホークアイの机の上にもハボックの机の上にもブレダの机の上にも……いちいち列記して行けば切りはないが。とにかくこの執務室の机という机の上には、その表面など見えないくらいの書類の山が、恐ろしいほど高さを形成しこれでもかというほどに並んでいた。
アルフォンスとエドワードはお互いに目を見合わせてみる。
書類の山だ。いや、山脈だ。大佐はこんなに書類を溜めてたのか……。
これらにロイが決済のサインをするだけでもエドワードの誕生日など過ぎてしまうだろう。いや、これを片付けるにはいったいどれくらいの日数が必要になるのだろうか。
書類の山と笑顔のホークアイ。
ロイの命運は尽きたのではないのかと思われた。
「……書類、こんなに溜まってんのに…休みなんだ?」
聞いてはいけないのかもしれない。けれど聞かざるを得なかった。書類の山がこれだけ溜まっているのに休暇。そしてこの笑顔。そうだ、今まで一度も見たことのない、一点の曇りもないほど満面の笑顔のリザ・ホークアイ。
……怒り通り越して笑ってんのか?それとも……もう殺っちゃった…とか…。
さーーーっと血の気が引くのも仕方ないだろう。大佐はもう冷たい土の下に埋められたかもしれない。
が、予想は覆された。にこにこと笑顔のホークアイは一通の手紙をエドワードに手渡しながらこう言ったのだ。
「ああ、これ?ようやく溜めこんでいらっしゃったすべての書類のサインをいただけてね。後は私たちの処理のみになったのよ」
語尾にハートマークか♪記号でも付きそうなほどホークアイが発した言葉は軽やかで。
「これ…全部?」
ため込んでいたというのかあの男は。茫然と、部屋中を見渡してみる。どこを見ても、書類の山。山、山、山だ。これほどまでに溜めているのであれば銃口くらい向けたくもなるだろう。
「この間から馬車馬のように働いていただいたから…今頃ご自宅でくたばっていらっしゃるのかもしれないわね…」
うふふふふとの笑い声まで零したホークアイ。
恐ろしいものを見たとばかりに小さくなり続けるハボック達。
エドワードとアルフォンスは自分たち兄弟の保身のため、そこには決して触れないことを無言のうちに誓いあった。
「そっか……。んで、中尉この手紙何?」
「ああ、これは大佐からあなた達に。エドワード君とアルフォンス君が今日来るはずだから必ず渡してほしいって」
「オレと……アルに?」
「ええ、『必ず二人揃ってここに来い』という伝言つきよ」
二人、という点が解せなかった。アルフォンスは首をかしげながら尋ねてみる。
「兄さんだけ、じゃなくてボクもなんですか?」