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それまではすべて秘密の話

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真相と言うほどもモノではないが、結局ヒューズの提案通りに中央に赴いて、そうして待っていたグレイシアに叩きこまれた料理の数々。それでもさすがにパンとアップルパイは手伝ってもらいつつ作ったものを持ち帰っただけだが。それでもロイ自らの手で生地をこねたり形を作ったりと奮闘した結果だった。シチューはさすがに持って帰ってくるのは不可能だったので作り方をこれでもかと叩きこまれ、その通りに朝もはよからロイ一人で作ってみたというわけだった。本来なら、ホテルのコースのような手料理でも…とロイは思ったのだがいかんせん。それをロイ一人で作り上げるスキルがなかった。ステーキ肉を焼くぐらいならできたのだが付け合わせの野菜やら、ステーキソースなどは焦がすだけで作ることは不可能だったのだ。そう、意外にこの男は不器用なのだ。手にこれでもかと貼られたバンドエイド。それがすべてを物語っている。野菜を剥くだけでもスパスパスパと手を刻んで。熱い鍋を直接手で持ち火傷なんてどれだけしたことだろう。だが、苦労は必ず実る…とは限らないのだが、グレイシアの指導がよかったのか、はたまたエドワードの対する愛情なのか。ロイはなんとか食べ物らしき体裁を整えることはできたのだ。
「さあ、座ってくれたまえよ。……ああ、まずは乾杯からだな」
ロイは並べられた三人分のグラスに、ワインを注いでいく。
「アルフォンスも、な」
鎧の身体では飲んだり食べたりということは不要だと判っている。それでも雰囲気だけでもと、きちんとアルフォンスの分までロイは準備した。
「はい……そうですね」
アルフォンスはその意をくんで、ワイングラスをその手に取った。



「誕生日おめでとう、鋼の」
「おめでとう兄さん」
掲げられたワイングラスを口にして。そうしてエドワードは「あ、ありがと……」とぼそっと呟く。まさかこんなふうに誕生日を祝われるとは思わなかったのだ。
「さあ。冷めないうちに食べようじゃないか」
にこにこと微笑まれては、拒むこともできない。エドワードは内心大佐の手料理なんて食えるのか?後で胃薬とか……と警戒しつつもシチューをスプーンで恐る恐るすくって、そうしてごくりと唾を飲み込んでからそれを口にした。
「どうかい?……美味しい、かな?」
期待と不安を半分半分で、ロイはエドワードに聞いてみる。
エドワードは目を見開いてじいいいいいいっとスプーンを見つめていた。
「兄、さん?」
それほど不味いのだろうかとアルフォンスが小さな声を出してみれば。
「うまいっ!!えー、ナニコレ、ホントに大佐が作ったのかよっ」
ぱああああっとエドワードは晴れやかな笑顔を二人に向けた。果てにはアルフォンス用にと盛りつけられた方まで手に取って。エドワードはがつがつとシチューを食べ続けたのだった。確かに煮込み過ぎの野菜は煮崩れていた。けれど、それを差し引いてもおいしかった。
心をこめて自分にと作られた料理ならば。多少の見た目の悪さなど吹っ飛んでしまうのかもしれない。エドワードはそれまでの辛気臭さも気の重さも吹き飛ばす勢いでロイの手料理を食していく。飲み慣れないワインも注がれるたびに飲み干して、上機嫌で鼻歌まで出てくる。お決まりのようなホテルのコース料理なんかよりもよほど嬉しくて。ぐいぐい飲んであれもこれもと食べていき。そうして、気がつけばソファの上に横になってぐうぐう寝ている錬金術師の出来上がりというわけだ。
満ち足りた様子で寝息を立てているエドワードにロイも満足げに笑顔を浮かべ、頭なんかを撫でたりして。実に和やかムードで誕生日の夜は更けた。

それから。
ロイは熟睡したエドワードを寝室のベッドに寝かせてやり、まあこのくらいは許してほしいと眠っている恋人の頬にキスをして。さて片付けだと腰を伸ばす。セントラルに行くために、書類にはすべてサインを終え、ホークアイからも快く休暇をもぎ取った。グレイシアに叩きこまれた料理の苦労。名誉の負傷ともいえる指や手の傷。あの電話から今日までの怒涛の日々。それらは全てエドワードの満ち足りた寝顔で報われた。
鼻歌まじりで皿やら鍋やらを洗っていると「ボクも手伝いますね」と律儀なアルフォンスがロイの洗い終えた皿やコップを拭きだした。
「ありがとうございます、大佐。兄さん本当にうれしかったと思います。それから…ボクも。今日は楽しかったです」
大佐の手料理、食べられないのが残念でしたけどねとおどけた様に付け加えて。
その声を聞いてロイは初めて気がついた。
鎧姿のアルフォンス。成長することのないその姿。エドワードが誕生日を祝われることを躊躇したのは、この弟のこの姿があるからだと。誕生日を迎える。年をとる。それは本来喜ばしいことなのだ。けれど今のエドワードにとっては。時間が経ってもまだアルフォンスの身体をもとへ戻してやれないことへの負い目としてしか感じられないのではなかったのだろうか。
思わず手を止めて、ロイはアルフォンスをじっと見る。
丁寧にグラスを拭いていたアルフォンスはロイの視線に気がついて手を止めた。
「何ですか?大佐?」
「いや……」
手の傷に水が沁みた。けれどそれをロイは表に出すことをやめた。
「いつか君にも。とっておきの私の手料理をご馳走してあげよう」
皿を丁寧に力を込めて洗っていく。うむ、よし。キレイになったと真剣な顔で皿をアルフォンスに手渡して。そうして眼を細めて笑ってみた。
「……はい。いつか、ですね」
それは遠い未来かもしれないけれど。いつかきっとと語れるうちはまだまだ走っていけるだろう。アルフォンスは一つ頷くと、楽しそうに言葉を続けた。
「それ、ボクと大佐の二人だけの約束ってことで」
兄さんには内緒ですよ、とアルフォンスはクスクス笑う。
「ああ。君と私だけの秘密だね」

いつかきっと心の底から。一点の曇りもなくこの兄弟の誕生日を祝える日が来るだろう。その日まで、今日の想いは心の奥に秘めたのまま。

Happy birthday to you……誰もが皆本当にそれが言えるまで。それまでは、この気持ちは全て秘密。


‐終‐