君とさよなら
「うそ」、ヴェネチアーノはじゃあどうしてまだ手を握り締めたままなの、とは聞かなかった。「うそじゃない」、というロマーノは、とても寂しそうな顔をしている。ヴェネチアーノは「だって、そんなの」、と言いかけて、「好きあってもないし付き合ってもない、ただの兄貴分と弟分だろ」、とロマーノの言葉に押し黙った。「……、受け入れてはいるけど、諦めたって言ってねえだろ、なんでお前がそんな顔すんだよ、バカ」。…なんだよ、それ、じゃあ尚更だよお、とヴェネチアーノはなんでもないような顔をしているロマーノをつれて、彼を、彼の連れの目の前で殴っておけばよかったな、と本当に思った。でも本当に、この件に関して悪い人間なんて、蓋をあけてみたらきっとだれもいないから、性根がやさしい彼は、それを実行に移すことはなかった。自分も、他人も、傷つくのを見るのが苦手な彼らしいといえばそうなる。
ヴェネチアーノは、自分の教室に入らずに、廊下をすすんで、消えていくロマーノの背中をずっと見つめていた。消えてしまった背中を見届けてから、鞄を机に置いて、ヴェネチアーノはホームルームを受けないつもりで、廊下にもう一度出た。なんだよ、見せ付けんなよバーカ、と、いつも一緒に行動している彼らの一人が、彼に向かって声をかけている。頭ひとつ分以上小さい、華奢な影が彼の隣に立っていた。
彼はどんな顔で兄にむけて、言ったのだろう。「付き合いはじめてん」、と、にこやかに笑いかける彼の顔をとても簡単に想像できて、ヴェネチアーノはふっと顔から笑みを消した。