君とさよなら
靴をしまい内履きを下へおろして、そのまま固まってしまったロマーノを、ヴェネチアーノは不思議に思い、彼の視界が捉えたものを見てあ、と呟いた。噂だのなんだの、浮ついた話は学校という囲いの中ではすぐに広まってしまう。ヴェネチアーノも知っていた。「兄ちゃん、ホームルームはじまる」、よ、とロマーノの背中に声をかけ、反応がないのを見て、ヴェネチアーノは困ってしまった。泣きはしないかと、ロマーノの背中をじっと見つめていた。「おう」、とロマーノが数秒おいて、静かに返事したときに、ヴェネチアーノはあれ、と妙な違和感に首をかしげた。靴を履いて、今度はロマーノが「おい、ホームルームはじまるぞ」、とヴェネチアーノに声をかける。あ、うん、と返事をして、彼の前まですっとすすんでいくロマーノを、ヴェネチアーノは冷や汗をかきながら追った。「おはよお、スペイン兄ちゃん」、といつものように、動揺を隠して彼に声をかける。「あ、おはようヴェネチアーノちゃん。ロマもおはようさん」、といつもと変わらない彼の返事に、ヴェネチアーノは今この場で殴れたらどんなに良かったか、とふと思った。
「はよ」、と、本当にいつもと変わらないような返事をした兄の手が、静かに握り締められていたのを、ヴェネチアーノはちゃんと知っている。
廊下を抜けて、彼が見えなくなってから、ヴェネチアーノはロマーノへ大丈夫?と聞いた。大丈夫もなにも、何が、とロマーノは何のことかさっぱりわからない顔をして弟へ尋ねた。「スペイン兄ちゃん」、とヴェネチアーノは言う。「ん?」、とロマーノは短く返事をして、「噂、本当だって…」、と言葉を続けるヴェネチアーノをさえぎった。「本人から聞いた」、と。へ?、とヴェネチアーノは裏返った声を上げて、「え?」、ともう一度尋ねた。「聞いた」、?
「ん。昨日。だから、大丈夫っつうかなんつうか、いや、まあ、そうだな」
「なに」
「受け入れてはいるから、別に、平気」