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飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】

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 八左ヱ門は心中で呟きながら、男から少し離れた位置で、どすんとあぐらをかいた。もう、八左ヱ門は自分から男と喋るつもりはなかった。後は、任せた。

「……七百五十日、苦しみを伸ばすのがてめえの願いなのか」
 七百五十日?
 今度の問いかけは三郎からだった。男は不自然に体を揺らす。
「……一体なんなんだこの家の連中は。俺が料理人だって推理したり、涙目で説教したり……俺が買ったものまで分かると来てる。気持悪い」
「すまんな。選んだ家がそもそも間違いなんだよ」
 大間違えだ。三郎がいるのだから。
「で、どうなんだ。そうしたかったんだろ……?」
「違う!」
 男は唇を嚼み、首を振る。
「違う……俺は旦那様に治って欲しいだけなんだ。妙薬だって手に入れた、料理にも混ぜた。でも何も効きやしない」
「そういうもんなんだ。死ぬときゃ死ぬ」
 三郎は男を突き放す。たぶん、わざと。
「なんて……なんてひどい言い方だ。俺は、俺は今不幸なんだ、おまえみたいに笑ってばかりの人の横を通りながら、毎日喚きだしたいのを我慢して生きているのに!」
「知ってるよ」
 部屋中に響き渡った声に、雷蔵がはっとして顔を上げる。
「どうしてこんなことになったんだ、どうして俺だけが不幸なんだ。誰かに助けて欲しい、おこぼれが欲しい、誰か俺を幸せにして欲しい……ってとこか。欲しい欲しいばかりだろ」
 男も息を詰める。
 三郎は雷蔵と目をあわせると少しだけ目元を柔らかくしたが、すぐに眉間に皺を寄せた。
「……この江戸で、一日で何人が亡くなってるんだろうな。何でも、喧噪の中に紛れちまう。俺は正直、あんたの気持がわからなくもないさ。似てるところがあるからな。ただ一つだけわかんねえのは、」
 奥の奥から、息を吐き出して。
「あんたがどうしてここにいるのかってことだ。いつ死ぬかもわからない人のすぐ側にいられる身でありながら、事件起こして、捕まっちまって。なんで、あんたの旦那様の側にいてやらないんだ、って……」
「あ……」
 男はそれきり、朝まで口を開かなかった。