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飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】

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「また出かけてますよ。何かの依頼じゃないんですか?」
 今日も店から飴をくすねていった居候は、いつものだらしない袖の長さで颯爽と出かけて行った。あれで女を引っ掛けるわけでもないのだから、まったくもって無駄なお洒落だ。
「ううん、今日は依頼はないよ。ただ遊びにでかけただけだね……ね、じゃあ、八左ヱ門、ちょっとお話しようか」
 お盆を抱え直して、八左ヱ門は正座した。

「最近三郎と、けっこう喋ってるね」
 我が主ながらにやにやと締まりのない顔。それに頬を赤くして答える八左ヱ門も八左ヱ門なのだが。
「まあ、最近は」
「嬉しいよ。それはね、八左ヱ門が三郎のことがけっこう好きってことなんだよ」
「はあ!? あ、すみません」
 たまに遠慮がなくなった物言いのなってしまうのが八左ヱ門の悪い癖。しかし雷蔵はまったく気にするそぶりも見せない。
「あのね。三郎は、鏡なんだよ」
「か、がみ?」
 雷蔵は白湯をこくりと飲み干して、続ける。
「三郎はあの通り、幼い頃から変装の名人でね。人の顔ばかり気にして生きてきたツケなのかもしれない。聡すぎて、手に取るように、人の心がわかってしまうんだ。妬みも。嫉みも。憎しみも、嫌悪も。認めないけど、おびえている。人がこわいんだよ、あの子は」
 雷蔵が、ふと開け放たれた庭先を見やるのに続く。雲一つない、江戸を包み込むような空がそこにあった。
「だからこちらが悲しいとき、嬉しいとき、どんなときも同じ表情を返す。それはこちらが近づかなければ、向うも近寄ってきてもくれないということ。あまり にも人並みのものを与えられなかった三郎は、期待して傷つかないように、丸くなって、縮こまっているしかなかった。ずっとずっと、そうやって生きてきた。 迎えに行けなかった、先代と私の咎だよ」
「っ、旦那!」
 雷蔵は首を振って八左ヱ門を止めた。
「いいんだ。それは事実だから……悔やんでも悔やみきれないさ。私はこんなところでぬくぬく育って、先代も、おまえも、兵助も、みんなが周りにいたけれ ど。三郎は一人ぽっち、大人ばかりの輪の真ん中で、ずっと坐って待っていた。明日やってくるかもしれない奇跡だけを。ううん、奇跡じゃなくてもいい。ただ 彼を楽にしてくれる、何かを待っていた……」