飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】
『先代、その、父は昔の風習などくそくらえと申したそうですが、ご存知のように妻が亡くなり、父も悲しみ落ち込んでしまい……馴染みの茶屋に援助を行うか わりに、私を渡したのです。そういうわけで、私は長年、大川のむこうに住んでおりました。私も自分の生まれた家を知らずにこの歳まで育ってきたのですが、 先日おっかさんが空にいっちまいまして……遺言で、私の生家の事を。しかも、不幸が重なって茶屋が火をもらい、無一文に。悩みに悩んだのですが、結局こち らを頼って伺ってしまいました。今更、我が者顔でこの家にいさせてくれとは言いません。ですがどうか、ほんのしばらくこちらに置いていただけないでしょう か……』
三郎は深々と頭を下げた。
確かにかわいそうな話だ。この江戸で火事を起こすことは、死活問題に等しい。ありとあらゆる資産をなくしてしまう、最も恐ろしい災いなのだ。蜂屋も火の 元には用心しすぎるほど用心していたが、護符を買い直そうか。八左ヱ門がそんなことを考えているうちに、気付けば隣の雷蔵は、しとしと泣いていた。
『三郎、つらかったね。もっと気安く雷蔵と呼んでおくれ。私たち、離ればなれだったけれど、家族じゃないか。いつまでだっていてくれてかまわないんだよ』
『そんな……私のような者が気安くなど……』
『いいんだ、どうかそうしておくれ』
『……ありがとう、雷蔵』
八左ヱ門も心をじんと痺れさせた。主の心の広さに、大きくなったなあ、と涙が止まらなかったのだ。感動しているだけだったのが、今となっては悔やまれる。
回想は終わって現在。
「雷蔵がくれたからおいしいや。いいんじゃない、店に出せば」
「三郎、投げやりに言わない。八左ヱ門が頑張って考えたんだから」
「ごめん。でも最初は少ししょっぱくて吃驚したんだよ」
「そっか。ちょっと塩加減が必要なのかな」
八左ヱ門がらしくなく胃を痛めているのには、ちゃんと理由がある。
兄弟だというのに、この二人はずいぶんと甘い空気を持っているのだ。
そんなのありか、と。言いたいのだが。
例えば、寝転がりながらも横柄な態度を取る三郎は、よほど雷蔵の膝を離れがたいと見える。そして雷蔵はそれを許している。
作品名:飴の蜂屋・神頼み編【鉢雷鉢】 作家名:やよろ