旬
誰もが「私」を棄てても、「私」だけは貴方を待っているよ。
side M
朝は少し気合いが要る。マスターがいつもご機嫌斜めだから。
「ほらマスター、起きて起きて」
部屋に入ると、異臭が鼻につんとくる。
ゴミだらけの床。フィギュアやゲームソフトが並んで、けばけばしさを主張した棚。
その奥の方、抱き枕を抱えて眠る黒いシャツを着た大きな塊。それが私のマスター。
マスターはもうここ何ヶ月も外に出ていない。
この前出たのはゴミ捨てをした時。それでも結構、躊躇っていた。
ゆさゆさとその体を揺すると、マスターは子供のようにむずがる。
「嫌だミク。起きたくない」
「そうは言っても、朝は起きるものです」
もう、と頬を膨らますと、枕に押し付けてた顔が目だけ覗かせた。
「朝は起きるものかもしれないけど、俺みたいな屑は起きれないし、起きない方がいいんだよ。皆に迷惑がかかる」
枕に押し付けられてくぐもった声はひねくれている。
一瞬言葉を失うが、負けじと声を張り上げた。
「いいから起きて下さい! もう……『毎朝ミクに起こされたい』って言ったのはマスターですよ!」
それを聞いてこっちを見る目がきゅっと細められると、マスターはのっそりと起きた。
そのまま無言で私の脇を通って、洗面所へと向かうのだろう、背中で扉の閉まる音がする。
静寂を取り戻し、何もなかったかのように済ます部屋。重い訳じゃない、だけどどこかちぐはぐな空気。
だから朝は少し気力がいる。
そんなマスターが、ゲームやアニメ諸々以外に夢中になってることが1つある。
部屋に戻り、真っ直ぐデスクトップのある椅子に向かうマスターの後をちょこちょこ着いて行き、椅子の横からモニターを覗き込む。
そこには何度見ても溜息が出そうなくらい美しい絵が広がっているのだ。
それをマスターが慣れた手先で切り取り、絵はたちまち素敵な動画となる。弾ける色彩。踊る景色。私は、それが大好きだった。
「マスター、これどうするんですか?何かに応募するんですか?」
「ははっ、こんなの応募してもどうもならないよ。世間にはもっと凄い人がいっぱいいるんだよ」
困ったような表情のマスター。
そうなの?
こんなに綺麗な絵なのに、素敵な動画なのに。
「でもマスターの動画は凄いです。もっと自信持って下さい!」
両手を腰にあててそう叱咤すると、マスターはしばらくぽかんと口を開けた後、自嘲気味に笑う。
「どうだろう」
「もー、そんな弱気になっちゃダメです!」
「そうかな」
「そうです!」
まだ笑ったままのマスターだったが、今度は確かに嬉しそう。
いつもはどこかぎこちなさのある会話になるマスターだけど、作品の話になると、流暢に話してくれる。
「じゃあこれに応募してみようかな。前から、少し気になってたんだ」
新たに開いたページには「作品募集」と書かれている。
「いいじゃないですか。きっと立派に評価されます」
「止めろよ、期待しちゃうじゃないか」
私はマスターの作品が大好きだ。
激しい流れの中に温まるような優しさがあると思う。
そう伝えると、マスターはぽりぽりと頬をかいて、
「ミクはソフトなのに、どうしてそんなこと言うんだよ」
と言った。
モニターに突き出してた顔をマスターに向け、私もにっこりと笑う。
結った髪がキーボードにぱさりとかかる。
「たぶんソフトだから堂々と言えちゃうんです」
自分で言っておきながら、その言葉に胸の奥がぽっと温かくなった。
この時の私は、マスターと作品のために、何でもしたいと思って、ただただ目の前で目まぐるしく変わる目新しい色彩に、目を奪われていた。
side M
朝は少し気合いが要る。マスターがいつもご機嫌斜めだから。
「ほらマスター、起きて起きて」
部屋に入ると、異臭が鼻につんとくる。
ゴミだらけの床。フィギュアやゲームソフトが並んで、けばけばしさを主張した棚。
その奥の方、抱き枕を抱えて眠る黒いシャツを着た大きな塊。それが私のマスター。
マスターはもうここ何ヶ月も外に出ていない。
この前出たのはゴミ捨てをした時。それでも結構、躊躇っていた。
ゆさゆさとその体を揺すると、マスターは子供のようにむずがる。
「嫌だミク。起きたくない」
「そうは言っても、朝は起きるものです」
もう、と頬を膨らますと、枕に押し付けてた顔が目だけ覗かせた。
「朝は起きるものかもしれないけど、俺みたいな屑は起きれないし、起きない方がいいんだよ。皆に迷惑がかかる」
枕に押し付けられてくぐもった声はひねくれている。
一瞬言葉を失うが、負けじと声を張り上げた。
「いいから起きて下さい! もう……『毎朝ミクに起こされたい』って言ったのはマスターですよ!」
それを聞いてこっちを見る目がきゅっと細められると、マスターはのっそりと起きた。
そのまま無言で私の脇を通って、洗面所へと向かうのだろう、背中で扉の閉まる音がする。
静寂を取り戻し、何もなかったかのように済ます部屋。重い訳じゃない、だけどどこかちぐはぐな空気。
だから朝は少し気力がいる。
そんなマスターが、ゲームやアニメ諸々以外に夢中になってることが1つある。
部屋に戻り、真っ直ぐデスクトップのある椅子に向かうマスターの後をちょこちょこ着いて行き、椅子の横からモニターを覗き込む。
そこには何度見ても溜息が出そうなくらい美しい絵が広がっているのだ。
それをマスターが慣れた手先で切り取り、絵はたちまち素敵な動画となる。弾ける色彩。踊る景色。私は、それが大好きだった。
「マスター、これどうするんですか?何かに応募するんですか?」
「ははっ、こんなの応募してもどうもならないよ。世間にはもっと凄い人がいっぱいいるんだよ」
困ったような表情のマスター。
そうなの?
こんなに綺麗な絵なのに、素敵な動画なのに。
「でもマスターの動画は凄いです。もっと自信持って下さい!」
両手を腰にあててそう叱咤すると、マスターはしばらくぽかんと口を開けた後、自嘲気味に笑う。
「どうだろう」
「もー、そんな弱気になっちゃダメです!」
「そうかな」
「そうです!」
まだ笑ったままのマスターだったが、今度は確かに嬉しそう。
いつもはどこかぎこちなさのある会話になるマスターだけど、作品の話になると、流暢に話してくれる。
「じゃあこれに応募してみようかな。前から、少し気になってたんだ」
新たに開いたページには「作品募集」と書かれている。
「いいじゃないですか。きっと立派に評価されます」
「止めろよ、期待しちゃうじゃないか」
私はマスターの作品が大好きだ。
激しい流れの中に温まるような優しさがあると思う。
そう伝えると、マスターはぽりぽりと頬をかいて、
「ミクはソフトなのに、どうしてそんなこと言うんだよ」
と言った。
モニターに突き出してた顔をマスターに向け、私もにっこりと笑う。
結った髪がキーボードにぱさりとかかる。
「たぶんソフトだから堂々と言えちゃうんです」
自分で言っておきながら、その言葉に胸の奥がぽっと温かくなった。
この時の私は、マスターと作品のために、何でもしたいと思って、ただただ目の前で目まぐるしく変わる目新しい色彩に、目を奪われていた。