死人に口なし
決着@セルティ
静雄が一人目の男を殴り飛ばすのを見ながら、セルティはヘルメットの額に手をあてた。結局臨也も大した窮地ではなかったようだし、すぐに片が付くだろう。
――――――それにしても、静雄も臨也も難儀な奴だ。
状況から一人取り残されたセルティは、完全に見物人と化して周囲の状況を観察していた。すると、不意に臨也がバンから飛び降りた。丁度キャップを被った男の真上に、遠慮のかけらもなく着地する。鈍い音が響いて、セルティは思わず肩を竦めた。
一方、静雄は逃走する二人目を追いかけて行く。黒髪の男は意外な俊足を見せ付けて、二人はあっという間に建物の影で見えなくなった。
眺める対象が視界から消えたので、セルティは臨也に視線を戻した。すると、臨也がこちらに近付いてくる。セルティはバイクを降りて、携帯電話に文章を打ち込みながら歩み寄った。そして臨也に掲げて見せようとしたのだが、先に臨也が口火を切った。
「何考えてるのさ! 俺を笑い物にしに来たの!?」
臨也の剣幕に、セルティは一瞬仰け反った。そして、『怪我は無いか?』と打ち込んでいた文章を全消しし、新たに文字を打ち込んだ。
『せっかく助けに来てやったのに、なんて言い草だ』
臨也が文章を読んで、眦を吊り上げる。
「いつ、誰が頼んだ!? しかもアイツまで連れて来て! 君達の正義の味方ごっこに巻き込まれて、とんだ迷惑だ!」
『静雄は新羅に頼まれて来てくれたんだ! どうしてお前はそう捻くれてるんだ』
「……新羅が?」
臨也は怪訝そうに眉を寄せた。
『そうだ。すごく心配していたんだぞ』
セルティは、家での新羅の様子を思い返し、臨也に示した。しかし、臨也は皮肉気に口の端を上げる。
「新羅は、時に俺より性質が悪いよ。君も気をつけないと、そのうち騙されることになる」
セルティは何か言い返そうとしたが、静雄が戻ってくるのが見えて手を止めた。軽く静雄に手を振ると、臨也もそれに気が付いて顔をしかめた。
『お疲れ』
駆け寄ってきた静雄に、セルティは労いの言葉をかけた。静雄は落ち着いた表情で軽く頷いた。ある程度溜め込んでいた鬱憤を吐き出したのだろう。セルティは念の為、臨也の前に出て静雄の視界を遮った。とはいえ、臨也はばつが悪いのか押し黙っているので、特に気に障るほどでも無いようだ。
『……生きてるよな?』
セルティは念の為聞いた。
「多分?」
静雄は首を傾げた。そして、自信無さげにこう繋げた。
「……ちょっと息してるか見てくるわ」
そう言って、静雄が回れ右して行こうとした時だった。
停車していたはずのバンが、恐ろしいスピードで三人に突っ込んできたのは。
考える間もなく、セルティは臨也を庇った。しかし、バンの速度は軽く百キロを超えている。とても生身の人間が耐えられるものではない。
――――――駄目かもしれない……。
破裂音に近い、激しい衝突音が辺りに響いた。
衝撃が来ないことを不思議に思って、セルティは恐る恐る周囲を探った。目の前の臨也も無事なようだ。何やら愕然として目を見開いている。セルティも、そっと背後を伺った。
そして、驚愕する。
静雄が、二本の腕でバンを受け止めていた。摩擦で靴底が焼けたのか、足元から煙が上がっている。空回りするタイヤの音を聞きながら、セルティは呆然と静雄を見守った。
「こ……の……」
静雄が苦しげに呻いた。いかに頑丈な静雄の体でも、さすがに今のは無茶だったのか。セルティが援護に影を伸ばそうとしたその時、僅かに車体が浮いた。そして咆哮。
「あああああああああぁぁぁ――――!!!」
ただ単に口を開けて音を出した、そんな叫び声と共に、完全にバンが浮き上がった。一人の人間が大型のバンを持ち上げるという異様な光景は、映画か何かのようで、まるで現実感が無かった。運転席に座っていたキャップの男は、何が起こっているのか認識出来ないだろう。
「……っらあぁ!!」
叫ぶと共に、静雄がバンを投げ飛ばした。車は、海との境ぎりぎりまで飛んで行った。
呆然としていたセルティと臨也に、静雄が振り返った。軽く両手を振りながら、あっけらかんと言い放つ。
「あー、びっくりした」
力の抜ける物言いに、セルティはがっくり肩を落とした。瞬間的に死を覚悟した臨也は尚更だ。額を押さえて天を仰いでいる。
『大丈夫か? ……怪我は?』
普段は静雄に怪我の有無など聞く必要もないが、セルティは思わず心配した。投げ飛ばす動作からして大した怪我をしているはずもないのだが、それだけ衝突時の音が凄まじかった。
「ん? あー……手、ちょっと擦り剥いてんな。大したことねぇよ」
――――――大したことないのが大したことなんだが……。
セルティは内心突っ込みを入れながら、ほっと胸を撫で下ろした。その背後で臨也がぼそりと「……化け物」と呟いた。セルティは、咄嗟に臨也の足を踏みつけた。せっかく無事に済んだというのに、静雄を再び怒らせては元の木阿弥どころではない。
「痛っ!」
臨也が痛みに声を上げる。それを聞きとがめた静雄が、僅かに顔を顰めた。
「何騒いでんだよ、うっせぇな」
「……放っといてくれる? そっちが勝手に来たんだろう?」
セルティを睨んでいた視線を静雄に向け、臨也が無愛想に言い返した。セルティの努力も空しく、険悪な雰囲気が漂いはじめる。
「だから、セルティに付いてきただけだっつの。第一あのバンに乗ってるの、お前が仕留め損なった奴じゃねーか。でかい口叩いてんじゃねぇよ」
臨也は一瞬詰まったが、すぐに気色ばんで反論しようとした。しかし、声が発せられることは無かった。三人がいた空間に、再び白いバンが飛び込んできたからだ。とはいえ、先ほどのバンは横倒しになったままだ。似た車種のバンが、こちらは常識的な速度で三人に近付いてくる。新手が来たのかと、三人はバンを注視した。
バンは三人の少し手前で停止する。停止したバンの扉が開くのを、三人は固唾を飲んで見守った。そして、バンから降り立ったのは――――――、
「あれ、もう終わっちゃったの? もっと乱闘騒ぎになると思ったのに、残念」
新羅だった。