欠けた彼女と混濁した彼と
欠けた彼女と混濁した彼と
約20年前 池袋某所
その日、セルティ・ストゥルルソンはいつものように『首』を探して街中を駆け回り、しかしいつものように見つからず、仕方なしに帰宅しようとしていた。頭部があれば嘆息もしただろうが、生憎とその頭部が探し物である。溜め息すら吐かせて貰えないのか、と思うと余計に気が重くなった。そんな主人を気遣うように首無し馬が嘶く。その嘶きに引き寄せられるように人が彼女へと視線をやるが、彼女は気にも留めずに愛馬の体を撫で、街中を疾走する。夜、人や車の通りも少なく、さっさと帰って1日の疲れを癒そうと速度を上げようとして、しかし正反対の行動を取ることになった。
――何か、いる。
それは奇妙な気配だった。恐らく人間ではなく、かといって恐らく彼女のような存在でもない。恐らくというのは、人間と人外との気配が同時に、同一の個体から、しかし混ざり合うことなく発せられているからで、要するに断定が酷く難しい。
――何者だ
その気配に注意を向けると、向こうも彼女に気づいたようで、人気のない方へと移動していく。幸い、と彼女も気配の持ち主の後を追うが、彼女に引き寄せられた野次馬を避けてか、気配の相手は移動速度を上げた。しかも路地裏に入った途端に移動経路が立体的になる。速度はどう足掻いても彼女(というより彼女の駆るバイク)より劣るが相当小回りが利くらしく、走り回った結果として、完全に野次馬は撒けたようだ。
そして漸く追いついた先は廃ビルの屋上で、彼女はそこで初めて相手の外見を捉えた。
とても短い黒髪に同じ色の瞳、お世辞にも高いとは言えない身長。誰がどう見ても未成年の、どこにでもいそうな、少年がそこにいる。
――は……?
一瞬、何かの間違いではなかろうかとない首を傾げるが、妙な気配は間違いなく目の前の少年から発せられている。少年は丁寧に頭を下げた。
「こんばんは」
彼女も頭を下げる、もといヘルメットを傾ける。
「え、と、西洋の方ですよね? 日本語、分かります?」
彼女が頷く動作をすると、少年は安心したように笑った。
「良かった。それだけが心配で」
ほう、と息を吐いてから、少年は改めて彼女へ挨拶をする。
「はじめまして、竜ヶ峰帝人といいます。何かご用でしょうか?」
彼女は影から紙とペンを出すと自分の名と種族、お前は何者かという質問を書き付け、彼に見せる。暗くて見辛いのか彼は荷物から懐中電灯を出した。何故都合よく持っているのか、と疑問に思いつつ、文字を眺める少年からの返答を待つ。
「何、と言われると困ります。生まれた時は人間でした、としか」
憑きもの筋として住んでいた所を追われ、飢えに耐えかねて蛇妖を食べたらこんな身体になってしまったんです、これ以上話すと長くなるので、と苦笑する少年に、彼女はその先の説明を諦めて話しかけようとした目的を書き連ねる。
『首』を知らないか。
どんな情報でも良い、知っていることがあれば教えてほしい。
そして出来れば協力してほしい。
少年は書かれた文字を読みながら考えている。終いには首を捻ってうんうんと唸りだした。
「……協力したいのは山々なんですけど、逃げるついでに仲間探しの途中でして」
どうやら逃走中らしい。道理で、と懐中電灯が出てきた荷物を盗み見た。他にもいろいろ入っていそうだがそれはさておき、引き止めた侘びにこの街に彼に似た気配はないことを教えてやると、少年は首を横に振った。
「仲間、というより協力者です。今も昔もいろいろありますからね。有事の際の互助会、というのが理想なんですが」
そう簡単にはいきませんよね、という彼の笑顔は年寄りじみていた。若いのに苦労しているな、と書いて見せると彼は特徴的な目をパチパチと瞬かせる。
「あの、僕、70超えてるんですけど……」
彼女は自分の年齢を棚に上げて「嘘だ!!」と叫びたくなった。
現在
副業である運び屋として街中を駆け回り、充実した疲れを感じながらセルティは帰路についていた。帰ったらとりあえずシャワーを浴びて、それから先日手に入れたゲームの続きを、とやや浮かれた考えで家へと急ぐ。彼女がそんな人間臭い理由で急いでいるとは露知らず、通行人はもの珍しげに携帯電話のカメラを向ける。意にも介さずバイクを走らせていたが、突然ブレーキがかかる。
――まさか!?
妙な気配がした。確かあれは20年前だったか、と記憶をひっくり返していると、気配の持ち主は向こうから彼女に近づいてくる。
――この気配は……!
協力者を探して関東を中心に日本全国を回っているのでは、と混乱しているうちに彼は彼女の前に姿を見せた。
「あ、お久しぶりです」
記憶にある容姿と全く変わらない彼は、何故か来良高校の制服を着ていた。
『何やってるんだ90歳!?』
「まぁいろいろありまして」
『いろいろって』
訊きたいことはあったが、何だ何だと人が集まってくる。往来で都市伝説が平凡な高校生に絡んでいるように見えるためなのだが、彼女から他人の視点など分かる筈もなく、手っ取り早く彼を後ろに乗せてその場を離れることにした。
そのせいで黒バイクが来良高校の生徒を略取誘拐した、と噂になるが、彼女がそれを知るのは少し後の話である。
作品名:欠けた彼女と混濁した彼と 作家名:NiLi