欠けた彼女と混濁した彼と
好色な彼と混濁した彼と
「久し振りだね、六条君」
喫茶店で六条千景を待っていたのは彼よりも年下に見える少年だった。
「おっす、ジジイ、久し振り。女でも紹介してくれんのか?」
しかし千景は相手をジジイと呼び、相手もまたそれを否定しない。
「残念だけど、色気のない話だよ」
「何だ、仕事か」
事情を知らない者が見たら首を傾げただろうが、この店はジジイこと竜ヶ峰帝人の知人、端的に言うなら互助会の加盟者が経営しているので部外者の除外は比較的容易らしい。ついでに
「あ、焼酎5本追加ー」
「俺はジントニ」
こういうことも可能だ。
「さすが、鬼だよね。女好きで酒好き」
「ウワバミに酒好きとか言われたくねえ」
ケラケラと笑って2人は酒を呷る。
千景にとって帝人は口喧しく小言を言わない理解ある大人である。暴走族の頭などやっていて騒音問題になった際は叱られたが、走行ルートを変えると言ったらあっさりと退いた。女性関係も1人に絞れなんて千景の理念に反することは言ってきた例がない。酒に関してはむしろ勧めてくるので、稀にこうして昼間から飲んだりすることもある。友人の紀田正臣も交えて。
「そういや正臣がいねえな。オンナが出来たから紹介するってはしゃいでたろ?」
「うん、そのことなんだけど」
早くも追加された瓶を1本空けて、帝人は携帯電話を操作する。
「最近、うちの加盟者が筆頭やってる集団が襲撃される事件が相次いでてね。人間側の抗争に巻き込まれたのかと思ったけど、どうも違うらしいってことで調べてるんだ」
画面を向けられて被害のあった集団を見れば、見知った名前があった。
「おいおい、『黄巾賊』やられたのかよ」
「正臣じゃなくて構成員がね。集団で1人を襲ったらしいよ」
説明を聞きながら画面を流していけば共通点がある。千景は画面を閉じて携帯電話を帝人に返した。
「それでうち、か」
表示されていた名前はいずれも互助会に加盟している若年層が束ねていて、特に東京都心に近い場所で活動している不良集団のそれだ。千景の率いる『To羅丸』も条件に合致する。
「首都圏は出てないから、近況を知るためにも歩いて回ってるんだけど――――」
Pipipipipipipipipi――――
嫌なタイミングで千景の携帯電話が鳴る。断りを入れてからパチン、と開いて見れば
「……ジジイ」
構成員の1人がバンで拉致されたというメールだ。
「もっと早く言え」
「こう言っちゃなんだけど、先週、先々週に女の子とデートだからって断ったのは」
「殴りに行くから勘定ヨロシク!」
ジントニックを飲み干して千景は店を飛び出した。
ヘルメットも被らず未成年が飲酒運転、法定速度も超えている。捕まったらただでは済まないだろうが、それでも千景はバイクを走らせる。
「クソッ、2ケツすんなら女子が良かった!!」
「僕の車あったのに……」
「盗難車だろ!? ついでに無免だろ!?」
「廃車をタダで貰って使えるようにしただけで、免許なんかなくても運転は出来るよ」
「俺を殺す気だなクソジジイ!!」
ギャーギャーと騒いでいるうちにそれらしきバンを発見した。それは倉庫脇に停められている。
「ジジイ、あれか?」
「あの中だね。1人、混ざり者がいる」
千景はバイクごと倉庫の扉へと突っ込んだ。派手な音がしてシャッターが破れると同時に拉致されたと思しき『To羅丸』の構成員が地に沈む。
「テメー等よぉ、うちのメンバーに何してくれてんだ、ああ?」
そのドスの効いた声に、倉庫内にいる無数の人間が千景に目を向けた。
「何だ、新手か」
その内の1人がパキ、と拳を鳴らしながら千景へと近づこうとするが、別の声がそれを制する。
「その2人は止めとけ。帽子の方がコイツ等の頭だし、もう1人は何かよく分からないし人間じゃない」
制止をかける声の主は、帝人の外見よりも更に若く見える童顔の少年だったが、言われた方は忠告に従ってさっさと退き、代わりに少年が前に出るとニッコリと愛想良く笑む。
「こんなに早く追いつかれるとは思いませんでした」
それはそうだ。千景も帝人が混血らしき気配を辿れなければ今頃は右往左往していたのだろう。相手にとっても千景にとっても、帝人がいることは計算外である。
「……そちらの方ですね、追って来られた理由は」
千景のやや後方にいる帝人にもやはり目を向け、愛想笑い。帝人が小さく、あのこだ、と呟いた。この場にいる誰より小柄な襲撃者が、向こうの混じり者なのだろう。追ってきたのは帝人だと言い当てた、自分の素性もある程度は知られたと思った方が良いな、と千景は舌打ちした。
「あんまりことを荒立てたくなかったんですが」
「もう充分荒立ててるだろ、あちこちで騒ぎ起こしやがって」
殴られる覚悟出来てんだろうな、と千景は拳を握る。
千景は帝人のように人間を捨てたわけでも、正臣のように先祖返りを起こしているわけでもない。妙な能力を持っていたり、条件によって身体を強化出来るわけでもないが、それ故に安定して強かった。ここにいる全員をのすのは骨が折れるが、決して出来ないことではない。
「困りましたね、どちらかと言うと喧嘩は不得手なのに」
「じゃあ何でこんなことするのかな」
千景の後方から、帝人が口を挟んだ。
「貴方達の後ろ盾に興味がある、ってところですかね」
「互助会だから、君みたいなこに興味はないと思うよ。あと後ろ盾じゃないし」
「……互助会、ですか。それは接触の仕方を間違えました」
間違えた、と言いつつクツクツと笑う様も不愉快だが、それ以上に互助会の前座扱いされたことに腹が立つ。後ろ盾ではないと言っているのにそれについての謝罪も、前言撤回をする発言もないのだ。
「おい竜ヶ峰、コイツ等は俺が、『To羅丸』が潰しても良いよな?」
「何で僕に許可取るの? 自分で勝手に潰しなよ」
それもそうだ、と自嘲する。これでは互助会が後ろ盾と言われても言い返せない。
「いや、他のチームに悪いなって言っといてくれ」
「良いけど、ここで取り逃がしたら復讐権の争奪戦になるからね?」
「おう。礼に今度奢るわ」
期待しないで待ってるよ、と言って帝人は倉庫を出て行く。恐らくこの場所も他の『To羅丸』の面子に知らせてくれるのだろう。世話焼きジジイ、と零して、手に手に武器や凶器を持つ襲撃者に対して兜割を構えた。
「で、結局逃げられたんだ?」
「煙玉使われたんだよ、倉庫内で大量に」
「喧嘩は不得手、って自分から言ったよ、あのこ。君の詰めが甘い」
「追って殴ろうにも拉致られたやつ放っておけねえし」
「六条君じゃ追えないしね。そのこは無事?」
「一応な。――――ところで、アイツは何の混血なんだ?」
「見たところ人魚か何かじゃないかな」
「男が人魚とかねえわー……」
「日本の人魚って、人面魚とか魚頭人だからね?」
「それはそれで夢がねえ!!」
「…………僕に言われてもねえ……」
作品名:欠けた彼女と混濁した彼と 作家名:NiLi