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薔薇

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「まつ!まつ!!」
 家で繕い物をしていたまつは、外から聞こえてきた利家の声に視線を布地から外へと向けた。丁度、利家が何かを片手に持ちながら走りよって来る所が見える。また食べ物を町の人に貰ってきたのだろうかと目をこらしてみれば、利家が片手に持っているのは珍しく食べ物ではないようだった。
 勢いよく近づいて来るにつれ、薄らとした形しか見えなかった像が結ばれてくる。彼の手にあった物のは―――。
「薔薇、にございますか?」
 縁側までやってきた利家へと、視線を先ずは薔薇へ、次に亭主へと送りながら、まつは目をぱちりと瞬かせ、心底不思議そうに尋ねた。
 利家が花を持ってくる事は非常に珍しくはあるが、一度も無かったわけではない。戦場に居る時以外はまるで子供のような男だからといって、女性が大体にして花を好む事ぐらい利家とて承知していた。だが、大体彼の持ってくる花は、散歩の途中で見つけた美しい野の花である事が多いのだ。自分で見付けた綺麗なものをまつにあげる事が嬉しいのだ、と以前まつは照れ笑いを浮かべる利家から聞いた事を覚えている。
 それもあって、南蛮から渡来した、買わなければ手にいれられない薔薇などは強請らないかぎり送られないだろう。少なくとも、まつはそう認識していた。
 だが目の前にある花は、以前に町で見かけた薔薇そのもの。
「ああ!前に町に行った時、綺麗だと言っていただろう?」
「申し上げましたが……まさか、どこかに生えていらっしゃったので?」
 心底不思議そうに問い掛けると、利家は拗ねたように唇を尖らせた。
「……違う。買ってきたんだ。まつが喜ぶだろうと思って」
「え!犬千代様がですか?」
「某だって、露店で花ぐらい買えるぞ」
 更に唇の先を前へと伸ばし拗ねながら、ずいっと薔薇を愛する妻の手前に押し付けた。
 恐る恐るといった態で、まつはそれを手にとる。一輪だけの薔薇は、自らの美しさを誇るように凛として背を伸ばしていた。棘が刺さらないようにとの店主からの心遣いか、粗末な紙で茎の下半分は覆われている。其れは薔薇の概観を多少なりとも損なうものであるはずなのに、薔薇の美しさは少しも色を欠かない。蜜に誘われる蜂のように、まつが顔を花弁へと近づけると、仄かで何処か高貴な薔薇の香りが漂ってきた。また顔を離して、花弁をじっと見詰める。
「……まつ?」
作品名:薔薇 作家名:和泉せん