薔薇
無言で薔薇を眺めているまつに、利家はもしや喜んでもらえなかったのかと心配になったらしい。尖らせていた唇など忘れて、年甲斐もなくおろおろしはじめた。
優しいまつの事だ。嬉しくなくてもそう言うに決まっている。だがそれはまつを困らせる事なのだ。喜ばせたかったのに困らせてしまったら本末転倒もいい所じゃないか!
利家の不安がピークに達しそうになった時、ようやくまつは利家へと視線を向けた。「犬千代様」と静かに呼びかける声が、あまりの不安で視線を泳がせていた利家の耳に届いて、恐る恐る、叱られた犬のようにまつの顔へと視線を向けた。そして、見事に固まる。
予想通りまつが困っていたから、ではない。寧ろその逆で、泣き出さんばかりに幸せそうな笑顔を利家へと向けていたからだ。滅多に見れない妻の表情に、利家は不安など一挙に遠い魔王の家辺りへと飛ばし、妻の顔に見蕩れる。
「有難うございます、犬千代様。まつは嬉しゅうございます。必ずや大事にお世話しますね」
薔薇を畳へそっと置いて、まつは手前へと手をつき、何時見ても美しいと思わせる礼を滑らかな動作で行う。
利家はそれでようやっと正気に返ったらしく、声も出せずにただこくこくこくと頷いた。それから、心底嬉しそうに、幸せそうに笑った。