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Can’t take my eyes off of you

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ほらこの子ですよ。Nが指した雑誌の一ページを、Uは一応覗きこんで何か気の利いたコメントを考える。日常の服装としては奇抜すぎる色とデザインに身を包んだ男性モデルの、頭のてっぺんから靴のつま先までを凝視するが、男に用いるべき形容詞などちっとも思いつかない。
 仕方がないので、背が高そうだね、と毒にも薬にもならないコメントをする。高いんじゃないですか、モデルですから。Nは紙面に目を落としたまま呟いて、人差し指と親指でモデルの頭をつまもうとする。頭身をはかっているらしい。七回か八回指をずらしたところで、神様って不平等ですよねえ。顔のつくりは整形で変えられても、頭の大きさや脚の長さまでは変えられませんもんね。深々と溜息をつく。そんな素敵に生まれついておいて文句を言うもんじゃない、バチが当たるよ? Uは本気でそう言ったのに、Nには笑ってあしらわれる。日頃の行いの悪さが、Uの褒め言葉を無にしてしまうのだ。
 Uはこの春から男性ファッション誌へ移動になった。もちろん自分が望んだ移動ではない。これが女性誌なら万歳三唱ものなのだが、何の因果だろうか。向いてないにもほどがある――どのページをめくっても男がごろごろしている男性ファッション誌が世の中の役に立っているとは到底思いがたい。ターゲットが十代後半から二十代前半の学生で、無駄な若さに溢れているのがまた忌々しい。
 右も左も分からないうえ学習意欲も欠いているUの尻を、専属モデルの名前くらい覚えてくださいと叩いているのが同期のNだ。しかしどいつもこいつも似たような顔と背格好をしていて、どう頑張っても覚えられそうにない。日本人と外国人の区別ならつく。けれどその先は無理だ。いつも同じ服を着ていてくれれば分かるが、彼らはモデルであり、服も髪もしょちゅう変わる。
 女の子なら、とUは唇を噛みしめる。女の子ならどんなに変わっても一瞬で特定できるのに(何十人、何百人でも)。脳内でごつごつとひょろ長い彼らをふわふわと柔らかい女の子に変換しようとして、あえなく失敗する。結局自分に男を見分ける能力など備わっていないのだ、なぜなら不要だから。Uは現実に神経が衰弱していくのを感じながら、一刻も早く移動したいと切に思う。数年は無理だろうが。
 進んで地味な作業に奔走するUに、Nが再び口出ししてくる。
 撮影現場に行くべきですよ。そしたら人生変わりますよ。
 のみならず、実際にスタジオへと引きずっていってしまう。
 現場は人でごったがえしている。モデル数人とスタイリストとヘアメイクとカメラマンとその助手が、狭いスタジオの機材の合間を動き回っているせいだ。そこにUとNが加われば、もう満員である。邪魔になるんじゃないの、とUはNに耳打ちする。私たちは邪魔しにきたんですよ、とNが返す。そしてカメラマンを指さし、二人は知り合いなんですよね? と確認する。Uは頷く。カメラマンことMはモデルに指示を出してはシャッターを切っている。何だよ、やればできるじゃねえか、とか言っていて、褒めてるんだかけなしているんだかわからない。しかし腕はいいと聞いている。Uは頬をかき、まあ過去に色々あってね、腐れ縁みたいなものだよと補足するが、Nの興味はとっくに他へ移っている。Uの袖を引っ張ってはしゃいだ声をあげる。
 今撮影中なのが××で、確かブラジルと日本のハーフですよ、ハーフなだけあって彫りが深いですねえ、眉毛の下に指一本入りそう。なるほど顔面の凹凸具合は日本人のものではない。けれどUとしては、外国人モデルと日本人モデルのうちの外国人の方ね、くらいの認識だ。彼と入れ替わったモデルも外国人の方だったが、髪色が似ているせいで大した差は見出せない。あの子はおばあちゃんがイギリス人でお父さんがイタリア人のアメリカ人だったかな、とNが説明してくれるがさっぱり意味が分からない。どうしておばあちゃんがイギリス人なのにお父さんがイタリア人になって本人はアメリカ人になるわけ。おじいちゃん二人とおばあちゃんとお母さんの国籍はどうなってるのさ、しかも今は日本でモデルやってるし。そんなの知りませんよ、人種のサラダボウルたるアメリカでは何でもありなんですよきっと。その言い方ってちょっと古くない? 話し声が耳に入ったのだろうか、Mが振り向いて、Uの姿を認め表情を歪める。随分なご挨拶だ。雑誌の担当編集者が見学にきて何が悪い。むしろ今まで見学にこなかったことを責めてしかるべきだ。
 先ほどのブラジル人とのハーフが戻ってきて二人で撮影をはじめる。同じようなポーズと構図で何枚も何枚もフラッシュがたかれる。あれだけ撮っても、実際に使われるのはほんの数枚、もしかしたらたった一枚、最悪使われないケースもある。それって結構虚しくないかなあ、Uはひたすらカメラの前に立ち続ける二人に尊敬とも慰労ともいえない微妙な感情を寄せる。しかも身体ってナマモノだし。自身の外見を売るって、考えてみたらすごい行為だよなあ。Uは何となくだけれど、二人の見分けがつくようになってきた自分に気付く。ブラジルの方と、カオスな方。
作品名:Can’t take my eyes off of you 作家名:マリ