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始まりはいつも沈黙

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ミッドガルは暑い。
気候は乾燥していて冬もそれなりに寒いが、夏の暑さは異常だ。町全体が機械だらけのせいもあるのかもしれないが、スラムの熱気はひどく人を疲弊させる。今日も何人器械技工士達が、トランクス一枚で地面に寝転がっているのを見たか知れない。ある意味夏の風物詩なのかもしれないが、季節という観念がここまで薄くなった町でそんなことを嘯いてもむなしいだけだろう。
セブンスヘヴンの扉を出て、背中にバレットの頼んだぜーという半ば馬鹿にしたような声を聞きながらクラウドは眼を細めた。ムッとした熱気がこもっている。
スラムの上に町が構成されているため、青空を見れる機会などほとんどあってないようなものだが、それが幸いといっていいのかいけないのか。伝ってくる汗をグローブでぬぐい、じわりとむずがゆくなる感覚に、べたつくそれを口で外した。べとべとなそれをぽい、とゴミ箱に捨てる。いくら幼馴染に頼まれたことだとはいえ、いくらこの暑さをしのぐためとはいえ、わかりもしない機械に四苦八苦したのは無意味だったような気がしてならない。クラウドは取りあえず、戻った時には涼しくなっていることを期待しながらスラムを歩いた。
ティファたちから頼まれたのは酒の調達だった。セブンスヘヴンは酒場であるが、この暑さなのにもかかわらずクーラーが壊れているため客足がここ最近遠ざかっていた。新しいものを新調するのには金がかかるし、こんなもん直せるだろとバレットが言ってから一週間たち、お鉢がクラウドにまで回ってきて今に至るわけだ。
とはいえ、酒場であるのだから酒屋の人間は一週間に一回は訪れてくれる約束になっている。そういう約束だから、本来ならクラウドが酒を調達に行く必要などないのである。ないものは注文すればよかったのだし、けれども壊れたクーラーのせいで、その調達すらティファは見送っていた。
何で自分が、と幼馴染の前では決して口にできないクラウドは、舌打ちを一つ店に残して酒屋へ向かう。熱気を噴き出す地下通路を通らないだけましだと思いたい。




「それにしても暑いな。」

クラウドの呟きに、酒を詰めていた酒屋の男が顔をあげた。

まあ、夏だからなァと特徴的な巻き舌でしゃべり、葉巻をかじる。こんなに暑くちゃ、ビールでも酒でも何でも、のまなくちゃァやってられねぇよなァと間延びした声でしゃべりながら、男はタオルで顔を拭いた。酒屋の中は空調がしっかりと働いていて実に快適だったが、クラウドは店の外で酒のやり取りをしていたのであまり意味がなかった。時折開く扉から漏れる冷えた風が前髪を掻き上げるのが何とも心地よい。

「ビールを1ケースと、杏露酒、林檎酒、と、ジンか。最近入ったばかりの質のいいウォッカもあるが持ってくか?あとウータイの地酒、安くしとくぜあんちゃん。」
「ああ、つけてくれ。」
「入ったばかりのトニックもあるが、あんたのとこには必要なかったなァ。」

男は酒瓶をビニール袋に詰めながら、代金の勘定を始めた。悪いが袋は今これしかねぇンだよと大きめのビニール袋に酒を入れて男はクラウドに手渡した。まあ、そう長い距離でもないし、構わないとだけ告げて男が提示した金額を武骨な手の上に置いた。

「これはおまけだ。また買いに来てくれよなァ」

男はそう言って歩き出したクラウドに小さな瓶を投げた。ここいらでは見かけない梅という植物をウータイの地酒で砂糖とともにつけたという変わった酒だった。
どうも、と無愛想にかえすと、男はげらげらと笑った。早くクーラー直さねぇと店潰れちまうぜと余計な節介を背の向こうで聞いた。


日差しはなくとも、むせかえるような熱気は、肺を焼くようにして内側から暑さを呼び覚ます。
セブンスヘヴンへと向かう途中でしばしの休憩をしながらクラウドは頭上に広がる分厚い鉄板を見上げた。あの上にも街があり、中心部には大きな神羅のビルがあり、そこから見下ろした外界は、まるで蟲がたかっているかのように蠢いていたのをおぼえている。会社の屋上はひどく風が強かった。少し前まで当たり前のように暮らしていたあそこを、こんな風に懐かしむ時が来るなんて昔は夢にも思っていなかった。
そういえば、いろんなことがあったな、と思い返そうとして、クラウドの頭の中に少しだけ違和感が走った。靄がかかったようにそれは鮮明でなくて、クラウドは低く舌打ちをした。こんなことがたびたびあった。特にティファのもとへ訪れてから。
(暑さのせいだ)
クラウドは首を振って腰をあげた。せっかく冷えた酒がぬるくなってしまう。バレットや仲間たちもそれなりに首を長くして待っていることだろう。
クラウドはビールケースを抱えビニールの袋を持ってたちあがった。胸の中に膨れ上がった俄かな違和感はずいぶん前から見ないようにしていた。


人通りの少ない道を選びながら歩き始めると、あっという間に見慣れた道に入ることができた。
小さい公園を横切り、セブンスヘヴンのある地区へと続くゲートをあげる。早く涼しい場所へ行きたいと心なしか足が速まるとき、不意にグイっと強い力で腕が引かれた。
それは突然のことであって、いくらソルジャーとはいえクラウドはびっくりしてビールケースを下に落とした。ガッシャンという派手な音を立てて地面に落ちるが幸い瓶は割れていないようだった。クラウドは身構えるようにしてそちらを振り返る。ひかれた腕は酒の瓶が入ったビニールを下げていた手だったので、とっさのことに反応が数秒遅れてしまっていた。振り払おうにも、掴んだ手はびくともせず、結構な力の持ち主であることが知れた。揉め事は出来るだけ避けて通れと、ティファに耳にたこができるくらい注意されていたが、これは仕方ないよな、と内心で言い訳をする。取りあえず、回し蹴りでも食らわせて、怯んだらビールケース抱えて走ろう、とクラウドが算段を立てている時ようやく、男が、口をあんぐりと開けて眼を見開き、茫然とした表情を晒していることに気がついた。
(敵じゃ、ないのか?)
クラウドがそういぶかしむと、男は手を離し、今度はがっしりと肩を掴んで詰め寄ってきた。

「クラウドか、本当に、クラウドなのか」

大きく揺さぶられ、クラウドはうっと息をのむ。
それがどうした、と男をいさめながら言うと、見る見るうちに表情が明るくなった。
そうして、クラウドが言葉を返す間もなく男は今度は息もできないくらいの力でもって、クラウドを抱きすくめたのだった。

「生きてたんだな。本当に。」

どこか安堵のような音を響かせながら、嬉しそうな顔をした男が顔を覗き込んでくる。
クラウドは腕を振り払ってしまいたかったが、存外に強い男はびくともせず、そして、どこか軋むように胸の内が揺れるのに、クラウドは混乱した。
(なんだ、これは)
知っている気がする、もっと、随分昔に。そう思っても、結局記憶は蘇らない、クラウドは、瓶を落とさないようにをつけながら渾身の力で持って男を突き飛ばした。
男は不思議そうに首を傾けている。

「あんた、誰だ。」

クラウドが辛うじていえたのはそれだけだった。
何だろう、変な感じがする。本能的な部分が警告を与えるように響いていた。
誰だ、俺は、こいつを知っている?
作品名:始まりはいつも沈黙 作家名:poco