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Rainbow

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進藤はそこまで聞いて、持っていたコップを流しに置き、デニムのポケットに自分の携帯電話が入っていることを確認してから、電話中のあかりの母親へ声をかけた。

「おばさん。俺、傘持って迎えに行くよ。あかり、今どこにいるって?」
「え、ちょっと待ってね。……あかり?さっき、どこで雨宿りしてるって言ったっけ?」

そう言って聞き取った場所は、家から歩いて十五分程度の文房具屋だった。
二人が通った小学校のすぐ側にあり、消耗品の文具は、大抵そこで買っていた。

――――あぁ、確かにあそこの前は雨宿りできるな。

もう何年も通っていない場所を懐かしく思い出しながら、進藤は玄関で傘を二本取り出した。
靴を履きながら、まだ電話中のあかりの母親に聞こえるように、少し声を張り上げる。

「おばさん!あかりには、これから行くから待ってろって言っといて」

玄関の扉を開くと、すぐに出るのはちょっと躊躇われるような大雨だった。
父親用の大きなサイズのこうもり傘は、こんなときには中々頼れる存在だ。

リビングでは電話越しの母と娘がまだ何か話しているようだったが、構わず進藤は傘を差して、どしゃぶりの中に入っていった。



*****



最後にあかりに会ったのはいつだったろうか。俄かには思い出せない。
時々舞い込んでくるメールへの返信もおざなりで、向こうから連絡が入るまでは、彼女を思い出しさえしないのだ。
進藤のそういう部分をあの幼馴染はよく心得ていて、今はもう文句も言わない。

薄情だという自覚は少なからずある。
けれど今の自分の関心は色々な所にあり、あちこちに寄り道しては一箇所にじっとしていられない。
今までの自分の短い人生の中で、碁の存在だけが、脇目もふらずに没頭できる唯一だった。
他の何かを考えても、気づけば必ずどこかに脱線してしまう。そしてその寄り道の先は、碁にまつわる何かであることがほとんどだった。

薄情だと思うけれど、変われるとは思わないし、変わりたいとも思わない。
ただ、もう少し脱線せずに考え続けることができたなら、変わる何かもあるかもしれない、という気もする。

――――あ……、いた。

交差点の向こう岸に、例の文具屋が建っている。
雨脚は先ほどよりも大分弱まっていたけれど、進藤の靴もズボンの裾も、既にぐっしょり濡れていた。
水を吸って重たくなったその足で、進藤は信号が青になった横断歩道へ踏み出した。

店先で立ち尽くしている少女は、じっと鼠色の空を見上げていた。
最近衣替えをした、という話題がメールにあったことを思い出す。あかりの通う高校の夏服を見るのは初めてだった。
白がまぶしく、そこから匂い立つような夏の気配を感じて、進藤は目を細めた。

手を振るのも大声を出すのも微妙だな、と迷っていると、向こうもこちらに気づいたようだった。
信号を渡りきった進藤は、同じ店先の軒下に入り、傘を畳んだ。

雨はしとしとと降り続いている。
先に沈黙を破ったのは、向こうが先だった。

「ごめんね、ヒカル。お休みだったのに」
「別に。偶然、あかりの家のおばさんが来てたから」
「そうだってね。お母さんから聞いた」

持ってきた傘を渡してさっさと帰ればいいのだが、お互い、何となくこの場所から動けない。
わざわざ傘を持って迎えにきたのに、結局一緒に雨宿りをしているなんて、暇を持て余しているみたいだ。

――――別に、暇で仕方がないから来たんじゃない。

それならきっと、こうして二人軒先に並んで、ぽつぽつと言葉を交わす時間にも、某かの意味があるのだろう。
その具体的な効用までは思いつけないけれど、この静かな空間が居心地良くて、離れがたいと思う気持ちだけで、自分にとって十分に特別なものだということはわかる。

バラバラと軒を打つ雨音が、ゆっくりと遠ざかるような気がした。

「なぁ、あかり」

呼びかけると、小首を傾げるようにして、あかりが振り返った。
少しずつ伸ばしているらしい髪が、肩から音もなくこぼれ落ちる。

「お前さ、さっき、俺が来るまで何考えてた?」
「え?」
「空、じっと見上げてたろ。何か見てるっていうより、考え事してるって感じだった」

並んで立ったとき、ほとんど目線の変わらない時代もあったはずなのに、いつ頃だったかは思い出せない。
今は傍らを振り返り、華奢な肩だな、と思って見下ろすようになってしまった。
そんな些細だけれど大きな変化を、進藤はこれまで考えてみたことはなかった。

あかりは、少し困ったように微笑んだ。

「ヒカルのこと……、かな」

何でそこでそんな風に困った顔をするのだろう、と進藤は思った。
でも、確かによくよく考えてみたら無理もない。
進藤は感覚的にその問いかけの答えを知っていて、その答えを聞きたくて、訊ねたのだ。
それは、あかりにも伝わっているのだろう。

――――健気だな。

こんなこと口に出したら、あかりは怒るだろうか。
膨れ面で怒って、もしかしたら口をきいてくれなくて、先に一人で歩き出すかもしれない。

でも、最後には自分が許されてしまうだろう、ということも進藤は知っている。
そのときはきっと、今みたいに少し困ったように微笑むのだろう、ということも知っている。

――――もしかしてコレって、ずるいのかな。

散々振り回してきたし迷惑も心配もかけた。やさしくしてやりたい、という気持ちに嘘はない。
だからせめて、この瞬間くらいは、あかりのことだけを考えてやりたかった。
碁より他には集中力も真面目さも、欠片だってないけれど、ただ、その直向きさに対して、少しでも真摯に向き合えたら、と思った。

「ヒカルは、ここに着くまで、何考えてた?」

訊ねられて、進藤は正直に答えた。

「靴ン中に水入って気持ち悪ぃなぁ、とか、腹減ったなぁ、とか、そんなこと」
「……だろうと思った」

あかりが声を立てて笑う。けれど進藤はその笑い声を遮るようにゆっくりと言葉を継いだ。

「でも、―――今は、お前のこと考えてる」

笑い声がふつりと止んだ。
こちらを見つめるあかりの表情を見て、自分の知らない顔だ、と進藤は思った。
桜色の口唇が、徐に開く。

「……考えてみて、何か気づいたことはある?」
「何となく、そうかなって思ったことはある」
「…………」
「聞きたいか?」

またずるい聞き方をしたな、と思いながら、相手の反応を待つ。
すると、あかりは、ひどくきっぱりとした口調で言った。

「何となく、じゃなくなったら、聞かせて」

進藤は、はっとして息を呑んだ。
しかしそのときには既に、あかりは進藤から視線を外し、空を見上げていた。

「雨止んじゃったね。折角持ってきてもらったのに、傘、要らなくなっちゃった」

雨音が遠ざかるように感じていたのは、どうやら錯覚ではなかったらしい。
見れば、雲の割れ目からぐんぐんと青空が広がっていく。

作品名:Rainbow 作家名:あらた