まだ早い夜の断片
「……なあ、北見」
ほんの少し先を歩いていた竹下が、不意に振り返る。今日は彼の足取りも重かった。店を出てから何かずっと考え事をしているようにも見えた。彼の顔は飲み慣れないアルコールのせいで少し赤らんでいる。
「来週の、日曜なんだけど」
「うん?」
ネオンの中で彼の表情は限りなく暗く沈んで見える。それでも必死で何かを云おうとしているようだったから、北見は茶化さずに彼の言葉を待つ。竹下は逡巡するように視線をそらし、十分に間をとってから北見の顔を再び見る。そして、泣きそうな顔をしたあと、力なく首を振った。
「ごめん。なんでもない」
「ええ? なんだよ、どうした?」
それがあまりにも気にかかる態度だったから、追求すまいと思っていてもつい冗談めかして問うてしまう。竹下は弱々しく笑って、本当になんでもないんだ、と繰り返した。それ以上の追求をためらわせる表情だった。
「なんだよもう、思わせぶりなことすんなよ」
「ごめんごめん」
昔は割となんでも話すことができたのに、とふと北見は寂しくなる。けれどもその関係が既に壊れてしまっているのだとすれば、先に破壊したのは明らかに北見だった。彼は自分の内側にあるどろどろした複数の感情を隠して竹下に接している。嫉妬や性欲、それに己の弱みのようなものも全て隠し通そうとしている。それが彼らの関係を変質させているかも知れなかった。
駅に着くと改札の前で竹下と別れて、一人でホームに立ち、電車を待った。ひとりになると猛烈な孤独感がこみ上げてくるが、北見はそれを寒さと勘違いして、上着の前を抱きしめる。