まだ早い夜の断片
約二時間ほどその焼き鳥屋で飲み食いして、そのあとはすぐ解散することにした。夜の顔になってますます騒々しくなった街を、駅まで一緒に歩く。駅からは電車が違うので解散になるのだが、北見はそれが惜しかった。会う前は、会いたくない、会うのが怖いと思っているのだが、会ってしまうと離れがたいような思いが湧いてくる。それでいつも北見の足取りは重くなるのだった。
北見は竹下のことを、たぶん好きだった。友人としてではなく。少なくとも確実に性欲を感じてはいた。北見は決して同性愛者ではないし、また竹下以前にそういう感覚を覚えたこともなかった。けれど竹下には安心感と奇妙な疼きを覚えることがよくある。その感覚自体はずいぶん前からあったような気がしていたが、気がつき自覚しはじめたのは、北見が件の、別れた彼女とつきあい始めてからだった。彼女とはじめて寝たあと、竹下の夢を見た。それが直接のきっかけだったと思う。まるで最悪なきっかけだ。だからこそ竹下に会うのが怖い、という側面もある。ある程度オープンな世の中になったからとは云え、同性愛はまだまだ市民権とはほど遠い位置にあるし、それにそういった社会的な価値観が、北見自身の価値観を押さえつけていた。北見は自分自身の思いを汚いものだと思っていた。男を抱くことなんて考えたこともなかったし、その逆もまたそうだ。それなのに突然そういうことを考えはじめる自分は、極端に云えば異常以外のなにものでもなかった。