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きみといっしょ

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 遠く、遠い昔、世界は戦争と言う大きな渦の中へと巻き込まれた。


 東西南北を隔てず国境を越え、利権を我が物にせんと覇者がこぞって挑み、そうして大いなる宿命の前に塵と消えた。

 
 争いは人々国平等に禍根を残し、ただただ痛々しいだけの結末しか残らなかった。


 心は傷を負い、美しくも荘厳な建物も荒廃し、見る影も無く世界は壊された。


 世界の全てを終わらせんとする程の凄惨な戦いは、人々の心と生活と、歴史までもを破壊した。


 有史として残された古き知恵や教訓が書かれた文化要素が、事もあろうに戦火の手段に用いられた為だ。


 紙、本、木簡、ありとあらゆる物が人を、街を、国を壊す為に消えて逝った。


 燃やされ、引き裂かれ、欠片程度にしか残されなかった歴史に、後の学者は大層嘆いた。


 どうやって歴史を識れば良い、私達の生まれるに至る重要な足跡が塵芥の内に消えてしまったなどと!


 知識の糧とする物を奪われ、国としての形も崩れ去り、知識は一部の上流社会に生きる者達だけの物に戻ってしまった。


 何人もが等しく学べる時は失われたと言っても良い。


 戦争の代価として支払われた物は、大きな文化の損失だった。




 しかし人々は希望を捨てなかった。


 それは、実しやかに囁かれる虚言と取る者も居れば、一縷に縋る下層の者も居た。


 未だ混沌とする世界、曖昧に敷かれた国境を遠く超えて東の果てにある、神秘の秘境。


 神の御座とも呼ばれるその地には遥か過去から生きる何かが住んでいる、と言う、言わば伝説とも言える噂である。


 彼等はその生存を信じ崇拝する人々から"現人神の一族"と呼ばれていた。


 確証を得られる証言は少なく、だからこそ伝説と言われるのだが、頼り無い証言は一貫して彼等は夜色の髪に同色の美しい瞳を持つと口を揃えて言う。


 伝え聞くに彼等は有史の間何時の間にか生まれ、長き時を送り見聞を知識として蓄えるのだと。


 故に、彼等を得られた者は巨万の富を得る事が出来るとさえ言われている。


 有する知恵は莫大、政治軍政商才どの分野に置いても、彼等は優れているらしい。


 それは、伝説なのである。彼等が持つ歴史は長きに渡れど、彼等の存在は、歴史に残らないのだから―――














 覚束ぬ足取りの少年は、決して整備されたとは言い難い道をゆっくりと歩いていた。舗装の完璧でない道は凸凹としており、小石と言うには聊か大き過ぎるモノまで転がる始末だ。慎重に歩く少年は、しかし下を見る事は叶わない。何故ならば身の丈半分はある大きな籠を両手で抱えている上に、零れ落ちんばかりに積み上げられた野菜が視界を塞いでいるからだ。秋の実りがたわわになる嬉しい季節である。少年は宅が借りている畑で収穫されたばかりの食糧を手にほくほくと自宅への道を歩んでいた。多少落下しても潰れるような柔なモノなどありはしないものの、全てが貴重な食料源である、背負った使命は少年の肩に重く圧し掛かっていた。首を左右に傾げても半眼分の視野しか得られず、頼りない状態で少年は帰途に就いていた。

 怠さを訴え始めた腕を叱咤して籠を抱え直し一歩を踏み出した瞬間、それまでは周囲に気を配っていた為人の気配に敏感になっていた少年の気が逸れた、その瞬間。丁度曲がり角を曲がった時だ。擦れ違った何かにぶつかってしまった。完全に油断し切っていた少年は、籠を持ったまま尻もちをついた。勿論、堆く積まれていた食料も籠の入口が平坦になる程度に零れ落ちてしまっていた。あぁ、困った、早く拾わねば誰かに盗られてしまうやもしれない、あまり治安が良いとも言えない地域に住まざるを得なかった少年は急いで周囲を見回したが、幸いな事に人影は見当たらなかった。眼前で、同様に地面へ座り込んでいる人影以外は。

 奇妙な様相ではあった。白い被り物に、ここいらでは見掛けぬ白のローブ、裾へと向うにつれ広がる布はゆったりとしており、足元を綺麗に隠していた。腰には帯を巻き、肩から布を捩じって細くした布を提げ何かを背負っているようだ。首元には六芒星のペンダントが煌めいて揺れている。傍目には性別の判別がつかない。随分華奢な印象を受けただけだった。

「あぁ、済みません!確認を怠り不用意に角を曲がってしまったばっかりに!お怪我はありませんか?」

声は低かった。呆然としている少年にサッと近寄りしゃがみこんだ人影は、眼元こそ窺えなかったものの口元は完全に下がり切っていた。雰囲気から察するに少年を心配しているようで、ハッと我に返った少年は「大丈夫だ」、としっかりした口調で返した。

「それならば良かった・・・本当に御免なさい。」

言って、人影は辺りに散らばる収穫物を拾うと少年が抱えている籠に入れて行った。全てが拾われ終わる頃には、無造作に積まれていたあの時とは比べようも無い程にスッキリと乗っており、開けた視界の御蔭で少年は前を見る事が出来るようになった。

「あっ・・・、あの、どうも有難う。」
「そのような!お礼を言われる事などしておりませんよ。私に非があったのですから、当然の事をしたまでです。」
「だが・・・前が見えるようになった。これで人にぶつからなくて済む。」
「そうですか。お役に立てたようで嬉しい限りです。」
人影は立ち上がると、少年に手を差し出し少年の起立を促してやった。一旦籠を地面に置いた少年は衣類の土埃を払うと、改めて人影を見上げた。やはり華奢な身体つきではあるが、少年よりもまだ背が高い。逆光の為表情は見えないが、微笑んでいるような気がした。

「貴方は・・・この辺りの人ではないのだろう?何処から来たんだ?」

「えぇ、私は世界を旅して回っています。何処から、と言うとその・・・東の方から、になりますね。」

返された答えに少年は兄から聞いた伝説を思い出した。決して裕福とは言えぬ家庭の上兄弟だけの2人暮らしの為学などありはしないが、この話は有名で、勿論大人から子供まで知っているようなモノだった。東、と言うキーワードは、少年に夢と言う期待を持たせるに足る要素だった。もし全く関係無かったのだとしても旅人だと言う彼の話は村から出た事の無い自分にとってこれ以上に無い宝になるだろう、と思ったのだった。

「何時頃こっちに来たんだ?」

「えぇと・・・昨日此方に着きまして、少し回ってから次の街へ向かおうかと。」

「そうか。あの、良かったら、家に寄って行かないか?」

「はい?」

首を傾げた人影に少年は光を宿した瞳で言う。声は喜色に満ちていた。

「この辺りを案内する。生まれてからずっと此処に住んでいるし、俺には分からなくてもそれ以上に長く生きている兄さんも居るから、大丈夫だと思うんだ。」

「ですが・・・」

「それに、貴方は旅人、なのだろう?今まで旅してきた国の事を、聞かせて欲しいんだ。」

「・・・・・・もしも、私が悪人であったらどうするのです。不用心に他人の言葉を鵜呑みにするのは良い事ではありません。」
作品名:きみといっしょ 作家名:Kake-rA