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「払いません!」

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「鋼の、すまない、ちょっとかわりに出しておいてもらえるか」
 手が塞がっていて、といわれ、エドワードは快く財布を出し、かけたがそこではたと止まった。ちょっと買い物につきあってくれないか、といわれもったいぶってついてきたもののひそかに楽しんでいたエドワードは雰囲気で流されかかったが、それでもやはり明晰な頭脳は健在だったというわけだ。
 所は屋台が軒を連ねる市場通りで、確かにロイの手は袋で塞がっていた。私が持とう、なんて紳士ぶって引き受けた結果だ。だがこうなってくると、それさえ作戦だったのでは、という気持ちになる。
 エドワードは、おう、と柄の悪い声で答えた後、遠慮なくロイの懐から財布を抜き取り、自家製のジャムをお買い上げした。
 代金、520センズ也。
「…ばれたか」
 ありがと、今夜パンにつけて食う、と愛想よく民家のおばちゃんらしき女性に礼を言った後何事もなかったかのようにロイの懐に財布を戻したエドワードに、ロイは舌打ちしそうな顔でぼやいた。
「ばれいでか」
 けっ、とエドワードは口を尖らせ、そうして連れの抱えている荷物を一つ勝手に抜き去った。一瞬ロイはバランスを崩しかけたものの、そこはさすがに腐っても軍人、倒れたりはしなかった。
「あんたさ、そんなにオレに借りがあるのがいやなわけ?」
 ぶう、と不満も明らかに頬を膨らませるエドワードに、そういうわけじゃないが、とロイは渋い顔。
「…じゃあなんであんたオレに借り返させようとかすんだよ」
 ――そうなのだ。
 かつてエドワードが作った「520センズ」の借り。まあ名前を変えればプロポーズと言っても差し支えないそれを、ロイはいつの頃からか手を変え品を変えエドワードに返済させようとするようになった。
 エドワードとしては不満に決まっている。彼を生き抜かせたいがための、自分なりの親愛の印なのだということを、彼はわかってくれていると思っていたので。
 エドワードは自分が普通ではないことを過不足なく理解していた。十代も初めの頃に国家錬金術師となり、というか人体練成の禁忌に触れ、大きな過ちを犯し、国中を旅しているなんて、そんな同年代の人間がもし他人でいたら、なんてやくざな奴だ、と思っただろうな、ときちんと理解していた。
 だがそれだけに、一緒にいて苦にならない人間、というのがどれだけ貴重なものかもよくわかっていた。
 ロイは素直に頼れるとか、面と向かって好きだと言えるほどに一筋縄でいく人間ではないが、それでもエドワードにとっては貴重な、欠くべからざる存在である。
 もしも親友というものがいたら、それはこんな風なのだろうか、と。
 そんな風に、エドワードはロイのことを思っていて、こうしてなんでもないような用事で出歩いたり、他愛もないことを話したりという時間を実は楽しみにしていたりもしたのだ。
「…別に、あんたの重みにしたかったわけじゃねえんだけど、オレ。…でもそうだってこと?」
 意識してのことではなかったが、その声は拗ねた子供のように響いた。ロイはそんなエドワードの様子に目を丸くし、…それから、くすりと楽しげに笑った。ここは笑うところじゃねえ、と少年は目つきを鋭くしたけれど、ロイは気にせず、隙を突いて一度はエドワードに奪われた荷物を再び取り上げてしまった。
「あ!」
 慌てて荷物に手を伸ばすものの、ロイはなかなか手ごわくて叶わない。
「重みなんて思ってないよ」
「…じゃあなんで」
「まあ…色々あるんだよ」
「色々ってなんだよ?」
 説明するまで一歩も引かない構えで食いつくと、ロイは溜息をついた。そして、まあ、こんなところで話すことでもないよ、と軽く言って、とりあえずお茶でも飲まないか、喉が渇いた、なんて公園に少年を誘ったのだった。

 あの約束からは、いつの間にか日が経っていた。
 アメストリス全土を巻き込んだ混乱は一応は収束していたが、ロイは少し昇進をしたけれども変わらずに軍におり、エドワードも結局は国家錬金術師をやめずにいた。
 約束は果たされるまで永遠に有効である。エドワードはしつこいのだ。
 しかしそれはそれとして、以前よりもう少し親しい、友人のような雰囲気で二人は時折今日のように二人だけで会ったりすることが増えていた。今日などはたまたまロイが非番だとかで、暇なら買い物につきあわないか、と言われてエドワードが付き合っているわけだが、まあ大体においてそんな様子でたまに会う間柄だった。
 以前の寄ると触るとからかったり喧嘩したりしていた様子が嘘のように。もっとも、元々似ているからそうだったのだろうし、だからこそ仲良くもなったのだろうけれど。
「鋼の、あそこにジューススタンドがある」
「あ、ほんとだ。アイスもあるぜ」
「私は荷物を見ているから、すまないが買ってきてくれないか? 腕が疲れてしまって」
「しょうがねえなあ、年寄りが無理するからだっつの、いつまでも若くないんだって言ってるじゃん。で、何飲むの」
「これでもセントラルの受付嬢達には人気があるのだがね…、まあいい、そうだな、コーヒーを」
「アイスでいいの?」
「いや、年寄りだからね、ホットで」
「あっつくねぇ? まあいいや、わかった」
「頼むよ」
 ロイは人好きのする、懐こい顔で笑った。エドワードの機嫌はそれで大分よくなる。
 が。
 公園に簡素な店構えを広げるジューススタンドは、白とオレンジを基調にした明るい色彩で構成されていた。働いている店員は若く、そこでジュースやアイスクリームを買う人間も若い。明るい公園の光景にエドワードは思わず目を細めて、平和だな、と思った。そこまではまあよかった。しかし値段表を見て顔つきが険しくなり、くるりと踵を返した。
「てめえ!」
 ずかずかとロイの前に戻ると、エドワードは腰に手を当てて怒鳴った。
「ばれたか」
 そんなエドワードを前にしても、ロイは動じたところもなかった。悠々と足を組み、悪戯がばれた子供のような顔で笑う。
「…んっだあれ! 飲み物一律260センズって!」
 二つ買ったら必ず520センズになる計算だ。姑息なことをするというか、抜け目ないというか。公園に誘った所から計算に入っていたのかそれともここに来てから考え付いたのかは解らないが。
「さあ…計算が速くなるようにじゃないか?」
「そんなことを言ってるわけじゃねえだろ!」
 がなりたてるエドワードに、ロイは肩を竦める。
「…まあ、これで買ってきてくれるか。喉が渇いたのは本当だ」
 そうして財布を出してエドワードに握らせると、困ったように眉を寄せたのだった。

 ホットコーヒーを二つ持って帰ったエドワードに、ロイは困ったような顔で笑いかけてきた。
「ありがとう」
「…別にあんたの金だし」
「その話じゃないよ」
 ロイは肩を竦めて、コーヒーを受け取った。
「――本当に、重みとかそういうことじゃないんだ」
「……」
 例の約束の話だ、と気づいて、エドワードは口をつぐんだ。
「…どちらかというと、お守りというかね」
「…お守り?」
「牽制、というか」
「…?」
 お守りというなら何となく理解できたが、牽制と続いてはよくわからなくなる。
作品名:「払いません!」 作家名:スサ