No Rail No Life
「そりゃあ誰だって利己的な部分はあるに決まってる。オレにしても、お前にしても。それはあたりまえのことだろ」
「じゃあやっぱり…」
「ああ、もう、じゃあそれでいい。ほら、そろそろ時間だぞ。ちゃんと付き合わないと後々までうるさいんだから、今日くらいはおとなしく付き合え」
「………」
ぶすっとしたような空気はあったが、有楽町はそこは無視した。そして、渋る後輩の背中を軽くたたく。
「一筋縄じゃいかないけどな、まあ、それだけに愛着も出てくるってもんだよ。長く付き合ってるとさ」
「……のんきなひとだ」
「そうかもな。でもな、お前にメットかぶれって言わなかったんだぞ、あいつらの誰も」
「……だってかぶれませんし」
「それでも気に入らなきゃ紙袋引っぺがしてでもかぶらせるのが東上と西武だ。池袋なんか、気に入らなかったらお前にライオンの着ぐるみくらいかぶらせたかもしれないぞ。頭のところだけ」
「…それは…ぞっとしませんね」
「だろ? …まあ気に入ってるまではいかないかもしれないけど、あいつらなりに、一応気を遣ってるんじゃないのか?」
そこで「有楽町!」と異口同音に呼ぶ声がした。東上と西武池袋らしい。有楽町は肩をすくめて、はいはい、と少し大きめな声で答えると、まあがんばれ、と後輩に一言残して小走りに駆けていった。
そのまっすぐな背筋を見送って、副都心はぽつりと呟いた。
「ほんとに、のんきというか気楽というか能天気というか馬鹿というかお人よしというか」
まったくもって敬っていない台詞だったが、口調は笑みを含んでいて、どうやら彼にしてはこれは、誉めているうちに入るらしい様子だった。
…まあ、本人が聞いたとして、多分そんな風には間違っても思わないだろうけれど。
災害予想状況は、新線池袋(もうすぐ副都心線池袋)駅にて車両点検ミスが原因で火災発生、という想定。
避難手順、消火手順等々が滞りなく手順通りに進められていく。
災害となれば一応普段のいがみ合いも忘れるらしく、予想以上に東西の武の面々の連携はスムーズだった。むしろ手際の悪さが目立ったのはメトロ側というか副都心側で、ああこれは後で荒れるというかなんというか、と有楽町は心の中で思った。もちろん、口には出さなかったけれど。
「消防の進入経路確保がまるでできていなかったな!」
訓練後の講評タイム。
待ってましたとばかり口火を切ったのは、えらそうに(実際彼の中で自分よりえらいのは会長しかいないのかもしれない。もしくは、会長大なりお客様大なり自分、かもしれないが)腕組みをした西武池袋だった。
「避難に時間かかりすぎだ。こんなにかかったらお客さんが煙に巻かれるんじゃないか?」
東上も眉をひそめて、けれどもどこかにやつきそうなのをこらえられない顔で指摘した。
…まあ、ふたりの気持ちはわからなくもない。
これは完全にマイナスの副都心効果だな、と有楽町は思った。再び、心の中で。何しろ、犬猿の仲であったはずの東上と西武池袋、というか池袋東武と池袋西武が手を組もうとしているのだ、副都心の脅威の前に。これがエポックメイキングでなくてなんなのか、という話であろう。
しかしさすがにそろそろ宥めるべきだろうか、と有楽町が口を開きかけた時だった。秩鉄が口を開いたのは。
「まあ、そうはいってもよ、まずまずじゃねぇのか? 最初にしちゃ上出来だろ。ま、来年も今年と変わらんかったら困るだろうけどよ」
彼は副都心をとりなすようなことを言って、そうじゃねえか? という風に西武池袋と東上を見た。それから、有楽町に無言で頷いてみせたのは、あとはしめろ、ということだろう。
いいとこもってくよなあ、と思いながら、有楽町もまたようやく口を開いた。
「今日の結果はメトロに持って帰って、水平展開していこうと思う。色々とても参考になった。ありがとうございました」
軽く頭を下げれば、東西の武州さん方も溜飲が大いに下がったらしい。
「うむ。まあ、せいぜい頑張ることだな」
「まあ、わかんないことあったら聞けよ。まだペーペーなんだしな」
副都心が何か言い返そうとしているのを察した有楽町は、がす、と紙袋を上から押えて「ありがとう、そうする」と早口で答えて後輩を引っ張り立たせた。とにかくもめ事だけは面倒だからいやなのだ。
秩鉄だけはなにもかもわかっているような様子で、腕組みして目を細め、笑っていた。やはりどうにもかなわない気がする。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ