No Rail No Life
【銀座と丸ノ内】
ふふ、と優雅に笑うさまは非常に絵になっていて、そこに威厳や貫禄、そして尊厳を他メトロ、いや、のみならず他の鉄道は見出だすのだ。
…ただひとりを除いて。
「ぎ、ん、ざ!」
ワイシャツのボタンを互い違いに、裾をはみ出させ、けれどもどこで手に入れたものやらなパスモぬいぐるみを小脇に抱えて片手を上げた丸ノ内は今日も元気いっぱい。
ふわりと髪を揺らして振り返る、その色素の薄い秀でた容貌には、最初驚きが、次いで笑みが浮かべられた。
「丸ノ内。おいで」
くすりと笑うと、彼は、小さな子供にするように丸ノ内を手招きした。
そんな態度に、丸ノ内は大型犬のように全身で喜び、いそいそと銀座に擦り寄る。
銀座はもう一度目を細めて笑って、ぽん、と自分の膝を叩いて示す。そうすれば丸ノ内は目をキラキラとさせて、銀座の膝の間に膝をつき頭を寄せる。
首を仰のかせて銀座は手を伸ばした。やはり白く、そして優美な手が丸ノ内の寝癖がついた髪を撫で、はみ出ていたワイシャツの裾を全部引っ張り出し、そうして「屈んで」と告げる。
丸ノ内は銀座の肩に手をついて上半身を屈めて寄せた。
銀座は「いい子にしててね」とやわらかに笑い、丸ノ内の掛け違いも甚だしいワイシャツのボタンを上からひとつずつ外していく。
ばさり、ワイシャツの前が広がり、ネクタイだけがだらりと落ちる。
そのネクタイにしてもきちんとなど、元から結ばれていなくて、だからシュルリ、と引き抜くこともたやすかった。
そうしてすっかり丸ノ内の上半身を裸にしてしまって。くすくすと銀座は笑った。
「まるで襲ってるみたいだねぇ、これでは」
「襲撃か。ゴジラみたいだな!」
「確かにGは一緒だね」
丸ノ内は嬉しそうに笑って、鼻先を銀座の髪に擦り寄せる。
「でも銀座はいい匂いだからな」
目を細めて小首を傾げる、その銀座の意図は、だから?といった所か。
丸ノ内は子供のように笑って、ゴジラは海底から来るから多分魚くさい、と接ぐ。
「シャクヤクみたいな匂いがする」
「シャクヤク? そう?」
「コゾーどもは薔薇だっていうからな、違うぞって教えてやったぞ!」
えへん、と胸を張るのに瞬きひとつ。それから、ゆっくりと笑いながら銀座は立ち上がる。
笑いを消さないままに、一度外したボタンを丁寧にはめていく。もちろん正しく。
そうして裾も納めて、仕上に赤いネクタイを結んで。
「芍薬なら、立たなくちゃね」
縮まった身長差に丸ノ内が得意げに笑う。
「そうだぞ。あと、百合の匂いもするからな」
おいでと呼んだつもりが、呼ばれていたのは自分だったかと銀座は愉快に思う。
彼はくすくす笑いで丸ノ内の寝癖をもう一度撫でて、そのままごく自然な仕種で頭を引き寄せた。
くちづけほどに顔を近づけ、そうして囁く顔は確かに匂うように麗しく。
「――なら、夜は牡丹の匂いがするかもしれないね」
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ