No Rail No Life
【京葉と武蔵野と時々宇都宮】
「だって、風が強かったんだもん」
まるで罪のない笑顔で首を傾げた相手に、武蔵野は無性に腹立たしい気持ちになった。
そうした時の苛立ちについて同僚達は以下のように評していた。
京浜東北はつまらなそうに、呆れたように、同族嫌悪って知ってる?、なんて言ってくれた。冗談ではない。
宇都宮は「君の気持ちはわかる気がするよ」と高崎を見ながら笑顔で言ってくれた。これもまた冗談ではない。一緒にするな、と吐いたのは言うまでもない。
埼京は、似た者同士なんだから仲良くすれば?と邪気なく首を傾げた。腹立たしいまでの無神経さだった。さらに冗談ではない、似た者同士だなんて。
ついでに東海道(Jr.)は「丙と丁に差なんかあるものか」と冷たく評してくれた。武蔵野は慇懃に、そうだな、ブラコンと変態の差くらい大差ないよな、と返してやった。全く、これだからユーモアのセンスに欠ける奴はいやなのだ。
しかし、とにもかくにも確かなことは、武蔵野の苛立ちは誰にも理解されなかった、ということだ。
同じ会社の連中ですらそうなのだから、仮にあの営団あたりならさらに正論を吐いてうんざりさせてくれるのだろうし、まして東上なんかに言った日には盛大に呆れられた上にゲンコツの一つもお見舞いしてくれそうだ。あの凶暴なのはどうにかならないものだろうか。大人しくしている分にはかわいいものなのに。
まあしかし、バイオレンスはきっと、あの連中には必要なものなんだろう。
伊勢崎だって、ちっこいナリに似合わずかなりの猛者だ。その牙が武蔵野にあまり向かないのは、多分宇都宮との比較の結果でしかない。恐らくは。
「何ふざけてんだよ」
苛立ちを溜息で逃がして吐き捨てれば、京葉は実に不思議そうな、いっそ無邪気でさえあるような顔で小首を傾げた。
「だって〜、だもん、だと?気色わりぃなあ」
いかにも嫌そうに、厭味たらしく言ったはずだ。武蔵野は自分に正直にいつでも生きている。
しかし。
パチリと瞬きした後、京葉はにっこり笑った。
さすがに面食らって眉をひそめた武蔵野に、京葉は言う。
「武蔵野は僕が嫌いなんだ?」
「…?」
普通、嫌われたら気分はあまりよくないものだ。なのに京葉はかなり嬉しそうに見える。歪んだ奴だ、武蔵野は思った。
だが、そんな武蔵野には勿論かまわず京葉は続ける。
「だから武蔵野って好きだよ」
「…は?」
とうとういかれたか――いや、初めからか、武蔵野は眉をしかめたまま黙り込んだ。
京葉はにこにこしながら首を反対側に傾げた。
「だって、僕って皆に愛されてるでしょう?」
「……オレは今夢でも見てるのか? それとも働きすぎか?」
「あはっ。やだなあ、武蔵野が働きすぎだなんて、君ってば笑えない冗談好きだねぇ?」
けらけらと笑う姿にはまるで邪気がなく、武蔵野はぐったりと肩を落とした。
生きてる次元がずれてるとしか思えない。
「僕はねぇ、皆に愛されてるからね。僕をきらいな位がちょうどいいと思うんだ」
京葉が再びにっこり笑って、武蔵野の眉間を不意に弾いた。
あまりに(バ)カップルめいた仕種に武蔵野は盛大にいやそうな顔をしたが、京葉は笑うばかりだ。
「もっと僕を嫌いになっていいよ」
「言われなくてもテメーみたいなわけわかんねー奴は好かないね」
くすりと京葉は笑った。それは随分ときれいな横顔で、武蔵野は眉をひそめた。
全く、こいつは不可解だ。
「好きと嫌いの違いを知ってる? 武蔵野」
「はぁ?」
違いも何も大いに違う、と呆れる武蔵野に、京葉は依然としてにこやかなまま告げた。
「正解はツンデレとデレデレでしたー」
アハハ、と笑う京葉に、お前は頭がおかしい、と、とうとう吐き捨てた武蔵野がミーティングルームを出ていく。
「やだなあもう、ユーモアが通じないんだから」
肩を竦めた京葉に声をかけたのは、宇都宮だけだった。
「趣味が悪いね、君は」
にこやかな宇都宮に、京葉は不思議そうに首を傾げ。そうしてふわりと笑った。
「宇都宮には負けると思うよ」
部屋の体感気温は確実に下がったが、宇都宮はさらににこやかに笑い、こう返した。
「それをいうなら高崎だよ」
京葉はぱちりと瞬きした後、ふふ、とまた笑った。
「確かに。宇都宮が好きなんて、本当に高崎って趣味が悪いよねー」
二人が二人とも笑顔だから質が悪い。ふふふ、という和やかな笑いが急速冷凍したミーティングルームが暖まるのには時間がかかりそうだった。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ