No Rail No Life
常磐、小田急も礼を言っていたと千代田から聞いた、と日比谷に話しながら、銀座は優雅にお茶を傾けていた。
その脇で、日比谷は、ぱらぱらと地図と情報誌を交互にめくっていた。
「海は難しいんじゃないかな、銀座」
「そうかあ、やっぱり難しい?」
「うん。それとさ、やっぱり公園は火を使えないところが多いんだよね」
まあ危ないしね、と日比谷は紙面から顔を上げずに付け加えた。
「庭じゃだめ?」
「庭? うちの?」
「そう。それならとりあえず、早い時間に始めればいいと思う」
「早い時間て?」
「夕方。六時とか七時とかさ」
「…日曜日なら早めに集まれるかな?」
「そうだね。大丈夫なんじゃないの」
そこでようやく日比谷は顔を上げた。
「普通にバーベキューでいいの? 肉と野菜と、焼きそばかなんか?」
「焼きそば」
ぱちりと瞬きをした銀座の、言いなれない様子に日比谷はくすりと笑った。
「なんでもいいよ。楽しそうだね」
「楽しいと思うよ」
追従でもなく日比谷はそう答えた。頭の中では既に、丸ノ内と半蔵門がおおはしゃぎの図が浮かんでいる。多分被害を受けるのは有楽町あたりだろう。彼はなんだか間が悪いので。
「日比谷」
「なに?」
「花火もしたいね」
「花火?」
そう、と銀座は微笑んだ。そうして静かにカップをおろす。
「皆で夏休みしたいね」
「夏休み…」
日比谷はなんとなく瞬きした。銀座の中にはどうやら「夏休み」の確固たるイメージがあるらしい。
「あとね、ラジオ体操なんてしないかと思ってるんだけど」
にこにこと楽しげな銀座に、日比谷は一瞬「え」と固まってしまったが…、ぷ、と噴出す。
「日比谷?」
「ラジオ体操かー」
「そう。八月に入ったら、朝食の後に皆で体操したらいいかと思うんだけど。それでね、僕がスタンプを押すの。たくさんスタンプがあったら、九月一日に何か表彰するよ」
それでは小学校みたいだ、と日比谷は笑いながら思ったが、…まあ、つきあっても特に害はない。進んでやりたいということはなかったが、銀座が喜ぶならまあ、やって悪いこともない。それに半蔵門あたりが悲鳴をあげるのを見るのはなかなかに胸がすく、かもしれない。
「いいんじゃない?」
「いいよね?」
にっこりと笑った銀座に、日比谷も笑う。
「じゃあ、それも場所を決めないとね。後で決めておくよ。スタンプカードとスタンプも用意しなくちゃ」
「よろしくね」
ふんわりと笑った銀座に、結局その手配も自分か、と思う日比谷だったが、他にこうした事務的な仕事に向いているメンツはあまりいない上に、自分は丸ノ内に次に銀座とつきあいが長いわけなので、まあいいか、とあっさり心情に片をつける。
それに、銀座に信頼されるのは嬉しいことだった。
「じゃあ、日にちと場所を決めたら銀座に聞いて、それから一斉でメールをいれるよ。あ、でも、銀座の都合悪い日先に教えてくれる?」
「僕は別にいつでもいいよ」
「ほんと? じゃあ、適当に決めるよ」
とんとん、と本を揃えて立ち上がりながら日比谷は生真面目に確認する。
そんな様子に銀座は目を細めて、小首を捻った。
「うん。悪いね。よろしくね?」
「了解」
夏休みに入り、ラジオ体操ってどうやるか知ってる? と有楽町が越生と西部有楽町に聞くことになるのだけれど、それはまた別のお話。
作品名:No Rail No Life 作家名:スサ