君と僕
霞がかかったような記憶。
いない、いない、誰も、いない。
──君と僕2──
カラカラに渇いた喉から絞り出そうとした声は声にならず、ただの風の音と同化した。
それでも一生懸命喋ろうとすれば、ひどい咳と共に喉の奥から鉄の臭いがした。
何かの罰のように、乾いた風はどれだけ吸っても喉を潤さず口の中まで渇き、もう何も言えなくなった。
「…………」
唐突な無力感と孤独感を感じてその場にうずくまる。
もう立てない。
だってここには誰もいない。既にいなくなってしまったから。
どうしたものかと思案に暮れる間もなく気持ちだけが大きくなる。
呼吸をする度に鉄の臭いがせりあがってくる。死ぬのかと思った。もう、ダメなのかと。
ここで死ねたら楽なのに。
なのに、今更紋章が疼く。まるで死ぬなと言っているかのように。
一瞬、頭の端を過ぎった風景がある。
元が何だったのかも分からないくらいボロボロになった、もはや廃墟同然の家。
誰の家かなんて知る手掛かりはないから永遠に分からないままなのだが、
「────…ぁ…………」
僕は知っている。そこがどこで誰の家であるかを。
正確には「家」ではない。誰の「すみか」であったかだ。
喉の奥からの出血を我慢して、どうにか口を動かしやっと一つの単語を吐いた。
「……ッ、ルック…………!」
紛れもなくそこは、かつてルックがレックナートと共にいた場所。
すべてを覚えている。初めて会った時のことも、仲間になった時のことも。
それは勿論死んだ時のことすらも。
頭のどこかでまさかと思っていた自分がいた。
彼は死ぬはずがないと、ずっと思っていたから。だって僕は言ったんだ。
彼に、僕の最後の、望みを。
また紋章が疼く。
左手だけが熱を持ったかのように熱くなる。
「………………ぼ……くは、…………」
思うのだ。
僕が戦に、解放軍のリーダーという立場で関わってしまったことは、よかったのか。
目の前には、かつて彼が死んでいった石柱。そっと触れた。
この渇いた喉ではもう喋ることが出来ないから、口には出さず思うに留めた。
きっともう大丈夫、と。
「──ティル」
背後から名前を呼ぶ声。砂埃を避けるためか薄茶色の布を身に纏っている。赤いバンダナが風に吹かれ揺れる。
「大丈夫?」
あまりに率直な問いに、ティルは曖昧に答える。
「…………たぶ、ん…………」
だがそれで満足したのか、シオはそのままフイと姿を消した。ティルの目の届かないところに。
大丈夫、きっと大丈夫。もう、平気。
ねぇルック。君に直接伝えることはもうできないから、
「さよなら……」
だからここで言うよ。
そうだ。明日一緒に、
彼の言葉は、そこまでしか覚えていない。