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一つの忘憂と、

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小さい頃から、よく迷子になった。それも迷子になるのが趣味かと思えるくらい、とんでもない頻度で、だ。

「……おい、ここはどこだ?」

だからか、未だに見知らぬ土地は愚か、見知った土地でさえ道を一本間違えるとすぐ迷子になる。
きっとアレだ。俺の脳味噌は、地理を覚えるのに向いていないんだ。だからこれは仕方がないんだ。うん。そういうことにしておこう。

「あー……ちくしょう、携帯、置いてくるんじゃなかったな……」

周囲には人気がなく、ただ家々が並ぶ、至って普通の住宅街といった様相だ。きっと皆、今頃会社なり学校なりで日常生活を送っていることだろう。こんなところで迷子になってしまった俺とは違って。
どうせすぐ帰るのだから財布だけ持って出ればいいだろうと思っていた、かれこれ三時間ほど前の自分を呪いたい。弟が、すぐ迷子になる俺のためにと、せっかくGPS付きの携帯を用意したというのに、持ち歩いていなければまったく意味がない。そもそも、携帯を携帯しないで何のための携帯だ。これでは弟に探してもらうことも出来ないではないか。
そこまで考えて、俺はどこのガキだ、と嘆息する。
ここは、まったく見ず知らずの土地ではないのだ。仮にも、自分と弟の住む家のある町。生まれ育った故郷ではないにしろ、もうここに暮らすようになって五年は経つはずだ。なのに何故、迷子になったりするのだ。

「……考えてみたら俺悪くないだろ!? 入り組んだ道が悪い、こんなに複雑な町が悪い!」

考えるだけで帰り道が分かれば苦労しない。
元々頭脳派ではない俺にとって考えることは結構苦手だ。早々に責任を俺以外になすりつけるも、やはり帰途が分かるようになるわけではない。
家を出るときには比較的空の東側に輝いていた太陽も、今は頭上を越えた位置にある。このままここで迷子になっていたら日が暮れてしまう。そして日暮れまでに帰らなければ弟も帰って来てしまう。もし俺が家にいなければ心配するだろうし、なにより携帯を置いて外に出たことを軽く一時間くらいは説教されるだろう。
……ちょっと待て、それではまるで、俺が徘徊癖のある老人のようではないか。
避けたい。それだけは絶対に、避けたい。それまでに、何がなんでも自力で帰るしかない。
もう不審者扱いを覚悟して、そこらの家で地図でも見せてもらうかと腹をくくった瞬間。

「どうか、されましたか?」
「あ?」

人っ子一人いなかった昼間の住宅街に、ふと声が響いた。
慌てて振り返ると、白い犬を抱いた黒髪の人物が、俺のことを見上げている。どこかで見たことがある顔だ。はてどこだったかと、記憶力をフル回転させて思い出そうとする。

「ええと……ギルベルトさん、ですよね。ルートヴィッヒさんのお兄さんの。こんなところで、どうされたんですか?」

しかしこちらが思い出すよりも早く、相手が身分を明かす。そう言われれば、見たことがあるわけだ。弟の(数少ない)友人で、確か名前は……本田。
ここにきて知り合いの登場に、一気に救われた気分になった。よし、これで、帰れる!
だが、と思い直す。コイツはあまり他人に人のことを言いふらすような人間には見えないが、俺がここで本当のことを話してしまったら、もしかしたら心配して弟に事の顛末を話してしまうかもしれない。そうしたら、結局弟に説教される羽目になるのではないか。
だがここで本田に本当のことを言わずに別れてしまえば、俺はまた迷子続行だ。
究極の選択だ。
どうすべきか、またしても頭をフル回転させていると、クス、と本田が笑う気配がした。

「ふふ、もし御用が済んでいるのでしたら、お家までご一緒してもよろしいですか?」

もしかしなくても、俺が迷子になっていると、完璧にばれているのではないだろうか。

「……頼む。あ、俺がここにいたって、ルッツには言うんじゃねえぞ!」

まあ、ばれてしまったなら仕方がないだろう。本田と歩き出しながら、今更取り繕ったって無様なだけだと自分を納得させる。それでも、口止めだけは忘れない。
先より笑みを深くして、分かってますよ、と本田は笑った。

「ところで、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
「ぽちくんの散歩ですよ。最近なかなか時間が取れなかったものですから、今日はちょっと遠くまで足を延ばしてみたんです。ギルベルトさんこそ、こんなところに」
「いや、俺はちょっと、買い物にだな……ってそうじゃなくて、お前、今日学校だろ?」

ぽちくん、と呼んだ犬の前足をちょいと差し出す本田は、弟と同い年のはずだ。確か同じクラスで知り合ったとか言ってたからな。
それより問題は、今朝も早くから学校に行った弟のクラスメイトが、何故こんな真昼間から制服も着ず犬の散歩をしているかということだ。
単純に好奇心が勝って、なんでだ?と問う。すると本田は言いにくそうに、実は、と前置きすると、とんでもない事実を語りだした。

「実は私、ルートヴィッヒさんと同い年ではないのですよ」
「……は?」
「私の方が年上なんです、ふたつばかり。今年、二十歳になります」

弟は高校三年生だから、今年十八だ。だがどう見ても、本田が弟より年上というには無理があるように見える。どちらかというと、年下と言われた方が納得するだろう。
本田が嘘を言っているようにも見えないし、無言で続きを促してやると、少し言いにくそうにしながらも言葉を続ける。
俺の方は軽く混乱気味だ。

「どうにも、人の集団というのが苦手なようで。それでも、三年生になるまではなんとか通ったり、プリント提出なんかで単位は取らせていただいてたんですが……三年生になって、今までの疲れがこう、どっと来たみたいで。なかなか通えなくなってしまいまして」

さすがに、卒業するには出席日数が足りないと言われてしまったんですよ。

「えーと…………………つまり、登校拒否、みたいなもんか?」
「もしくは引きこもり、ですね。おかげで留年に留年を重ねて、今や当時の一年生の子達と同じクラスですよ」

参ってしまいます、と言いながら犬をなでる本田の表情は、まったく参っているようには見えない。寧ろその状況を楽しんでいるようにも見える。
それにしても、ハタチ、っていきなりカミングアウトされるとは思わなかった。
つまり、今日は学校に通うのが億劫で、本田はサボりということか。なんて自由な登校体勢だ。ちょっとうらやましいぜ。

「たったの二年ですけど、結構違うものなんですね。ジェネレーションギャップとやらに悩まさせられます」

そういえば弟も言っていたな。「本田はなかなかに天然らしい」とかなんとか。話を聞く限り本当に抜けてるように聞こえてたけど、ただ単に、ジェネレーションギャップに苦しんでただけなのか。

「ずっと昔からこうなんです。他人とうまく関係が保てないというか、友達が出来ないというか。ルートヴィッヒさんは、珍しく一緒にいても気が楽な方ですから、なんとか今年は卒業できるかと思ったんですけど、駄目みたいですね」
「ま、アイツも友達少ないからな」

なんかそういう、波長があるのかもな。
茶化して言うと、本田もそうですね、と頷く。

「……俺も昔から、よく迷子になってな」
作品名:一つの忘憂と、 作家名:きじま