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おまけ

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深く沈んでいた意識が、かすかに聞こえてくる声によって揺さぶられる。頭が鈍く働き出し、重い瞼の奥で灯りを感知する。意識が浮上していくにつれて、少しずつ声は大きくなっていった。
「――ちゃん。」
明るさに眼を瞬かせながら、私は声の主を認識する。
「杏里ちゃん、朝だよ。」
「…みかど、さん。」
「おはよう。」
寝起きのぼんやりとした私の声に、柔らかな挨拶が重なる。
「おはようございます。」
ぺこりと頭を下げれば、優しい眼差しで帝人さんは私を見つめて微笑む。もう朝ご飯が出来るから着替えたらおいでと、一度私の髪を梳いてから部屋を出て行った。
私はベッドから身体を起こし、カーテンを引く。窓越しの明るい視界に、ようやくきちんと眼が覚めた気がした。
ベッドサイドに置いてある眼鏡を取り、耳にかける。スリッパに足を通し、立ち上がりクローゼットに向かった。
何着も収められたクローゼットから、制服を取り出す。私が通う小学校は私立の学校で、指定された制服があった。
パジャマを脱ぎ、紺地の制服に着替える。以前は胸元のリボンを結ぶのに手間取ったが、最近では上手く結べるようになった。手早く用意を済ませると、足早にリビングへ向かう。
「ああ、はやかったね。制服を着るのにももう慣れたかな?」
「はい。」
帝人さんに促され、私は食卓に腰を下ろす。帝人さんもエプロンを外して、私の向かいに座った。
二人分用意された朝食は、私が帝人さんに引き取られてから一日とて欠かされたことはない。帝人さんは社会人で朝から晩までお仕事をして疲れているのに、だ。それを何時も申し訳なく思うのだが、手伝おうにも私は料理の才能が皆無だった。一度キッチンを見るも無惨な姿に変えてからは、手伝えばもっと帝人さんを疲れさせることになるのだと理解した。
「新しい学校はどうかな?楽しい?」
「…はい。」
帝人さんが作った料理はどれも美味しいが、私はとくに出汁巻き卵がお気に入りだ。毎日のようにそれが食卓に上がるのは、きっと帝人さんが私が好きなことに気付いてくれたからだろう。口の中で広がる味に頬を緩めていた。
しかし、帝人さんの一言で少しだけ気分が落ち込む。
もともと帝人さんに引き取られる前は、私は家から近い公立の小学校に通っていた。特別仲が良い子はいなかったが、ほとんどが幼稚園からの持ち上がりの顔見知りばかりで、人見知りするタイプの私にとっては居心地は悪くなかったのだ。けれど帝人さんと一緒に住むことになり、その小学校は家から通える距離ではなくなってしまった。
帝人さんはわざわざ私の為に引っ越そうかとまで言ってくれたが、ただでさえ面倒をかけているのにそんなことまでしてもらうわけにはいかない。帝人さんは善意で私を引き取ってくれた人なのだ。極力迷惑はかけたくない。
我が儘を言ってくれたほうが嬉しいと、優しい帝人さんは言う。しかし私は首を横に振って、帝人さんの家から一番近い学校に通わせてもらうことにした。その学校が私立で公立よりずっといろいろなことにお金がいると知った時には、どうしようかと思ったが。これぐらいはさせて欲しいという帝人さんに、甘えてしまった。
そんな経緯があるから、友達どころか話す相手もほとんどいないなんてことを、馬鹿正直に伝えることは出来ない。きっと、帝人さんは私を転校させた自分を責めるだろうから。
私は精一杯笑顔をつくり、楽しいですと答える。帝人さんは安堵したように息を吐いた。嘘を吐くのは後ろめたい気分になったが、帝人さんの表情を曇らせるのはどうしても嫌だったからお味噌汁を飲み込んで誤魔化す。
朝食を終えると二人で食器洗いをするのが、習わしとなっていた。料理に関してはとことん不器用な私も、食器を洗うぐらいは出来るのだ。お皿を落として割ってしまわないように、慎重にスポンジを動かす。
泡まみれになった食器をお湯で濯ぎながら、帝人さんは口を開いた。
「杏里ちゃん、頼みたいことがあるんだけど。いいかな?」
私を見下ろす帝人さんは、優しい表情をしている。けれど、蒼い瞳は深く底を見せない。お仕事中の帝人さんのものだった。
「…えっと、何時ものですか?」
「うん、何時もの。」
私は、わずかに躊躇う。帝人さんのお願いをききたくないわけではないし、頼られるのは嬉しい。けれど。
「駄目かな?」
「…いいえ、大丈夫です。」
結局、私は帝人さんを喜ばせたい為に頷いた。
作品名:おまけ 作家名:六花