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おまけ

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月が綺麗な夜だ。どうやら今日は満月の日らしい。そんなことを、路地裏で怯え這い蹲る男に近付きながら考える。
男は歯の根のあわない口を震わせ、何事かを叫ぶ。しかし私にとっては絵画の中の世界のように、男の存在は遠い。男の言葉は、私を制止するに至らないものだ。
手のひらから生えた日本刀を、かかげた。鋭利な刃が、月明かりに蒼く映える。振り下ろした刀に男は絶叫するが、助けは来ない。私の腕が袈裟斬りに動く。男の声は、すぐに止んだ。
すると、見計らったように背後から声がかけられる。それは聞き慣れた柔らかなものだった。
「杏里ちゃん。」
私はゆっくりと、振り返る。本当は出来ることなら、振り返りたくなどないのだ。けれど、私にその声を無視など出来ない。
「帝人さん。」
優しくて暖かい、私のとても大事な人がそこにはいた。
帝人さんが一歩足を動かす。思わず、私は後ずさってしまった。
「やっぱり、やっぱり綺麗だ。…罪歌。」
とてもとても嬉しそうに、帝人さんは顔を綻ばせる。興奮して紅潮した頬に潤んだ蒼い眼。帝人さんの視線は私の手のひら、すなわち罪歌に注がれていた。
罪歌はそんな帝人さんに呼応するように、妖しげな蒼光に身を染める。
私はぎゅっと唇を噛んだ。
ずるいずるいずるい。罪歌はずるい。人間みんなみんな愛していて愛せていて、たくさん子どもとして繋いでいるくせに、帝人さんに愛されている。
私は帝人さんしかいないのに、帝人さんだけなのに、人間みんなを愛していて帝人さんのことも人間の一人としてしか愛していない罪歌が帝人さんに愛されている。
帝人さんのお願いはききたいし、頼られるのは嬉しい。
でも、躊躇いがあった。その理由は、帝人さんが罪歌に愛を囁く姿が見たくなかったからだ。
帝人さんは、楽しそうで嬉しそうで幸せそうだ。私は帝人さんの表情を曇らせたくなくて、何時も笑っていて欲しい。それならば、この状況を私はもっと喜ぶべきだ。帝人さんは笑っている。私だけの時には見せない、無邪気にはしゃぐ子どものような自然な笑みだ。
けれど、どうしてだろう。
帝人さんが笑えば何時も私もつられて笑ってしまうのに、こんな時の帝人さんの笑顔は私に笑みをつくらせてくれないのだ。







帝人様が人外しか愛せない場合の話です。人間は嫌いじゃないけど、興味もない。そんな帝人様。杏里のことは罪歌の宿主だから引き取りました。


作品名:おまけ 作家名:六花