月曲
臨也が上体を持ち上げ、俺の身体を引き倒す。一瞬で上下が入れ替わったが、飽きるくらい相手の身体に華を咲かせ満足していた俺は特に抵抗しない。この体勢やアングルに安心感を覚えている自分に情けなさを感じつつも、惑わせるように臨也の手を引いて己の胸に当てる。
「付けろよ、好きなだけ」
「恥ずかしいんじゃなかった?」
「臨也に独占されたい」
「……シズちゃんがそんな事言ってくれるなら、これからもどんどん他の子と会って嫉妬させちゃおうかな」
「その前に全員殺す」
一度瞼を下げてから、臨也の眼を直視する。
「理性が焼き切れたら、俺……最終的に誰を殺すと思う?」
「俺でしょ?」
「……なんだ、判ってるのか」
「だって逆に考えたら俺もそうだからねえ。俺を見てくれなくなったシズちゃんなんか殺しちゃうよ。最期の最後は俺を眼いっぱい視界に捉えた状態でね」
「そんなの有り得ないけどな」
「じゃあ俺も有り得ない」
臨也を見なくなった俺。臨也を要らないと思う俺。吐き気がする。それこそ死んでも有り得ないだろう。臨也を見失うというのは俺にとって世界を見失う事で。もっと身近なもので捉えるなら呼吸。呼吸しなくて良いと言える奴が居るか? 臨也は俺にとってそういう存在だ。
幼少期に拾われた事を横に置いても俺はきっと臨也を好きになっていた。絶対そうだ。臨也に感じるこの強い感情を愛と呼ばないなら俺は愛を知らない事になる。親に対して当たり前に抱く感情に似ているけど、明確に俺は言葉にして好きと表現している。好きなものがない、世界。ぞっとした。孤独以外の何者でもない。もし、本当にもし、俺が臨也を殺す時が来るなら、臨也を殺した後に俺も自分を殺すんだな。俺は化け物だから肉体的には死ねないかもしれないけど、精神が死ぬ。何度も臨也を殺す夢を見て、夢の中で臨也を殺す。それを繰り返している内にそれが新しい世界になるのかもしれない。臨也を殺す夢でも、臨也に会える事には違いないから。
「シズちゃん、今すっごい物騒な事考えてるでしょ」
「夢で臨也を殺す夢」
「日本語、大丈夫? そんなに俺を殺したいの?」
「それで臨也にとって俺が永遠になるなら考える」
「弱虫」
保障と証拠と約束が無ければシズちゃんは生きられないんだねと臨也は妖しい唇を歪ませる。それに俺は、笑った。
「お前も、だろ?」
「今日のシズちゃんは鋭いねえ」
どちらとも無く唇を交わし、冷えた俺の身体に臨也は指を滑らせて俺の反応を楽しむ。
「っはぁ……なあ」
「なに?」
「俺は臨也の事……俺の世界だと思ってるんだが、そうだとしたら、俺は何なんだろう」
「そうだねえ、俺が地球と仮定して、月なんかどう? 切っても切り離せそうにないから」
「理詰めのお前にしてはよく判らん理由だな」
まあ良いや。俺は臨也という世界を愛しているし愛されている。
お話は終わりにしようと合図をかけるように臨也に抱きつき催促した。赤い地球なんてすぐにでも滅亡しそうだ。俺が腕を引けば、舌先で突起を弄られる。性悪な地球に自分で回れと威嚇して、熱帯夜になりそうな今宵の月に挨拶した。
08ひどい殺し文句だ
(遠回しの言葉に俺はころされる。)