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月曲

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情報屋の折原臨也の顔を出したのを見て仕方なく腕を外した。名残惜しいので頭の後ろに額をこてんと乗せ、「なんかあったら呼べよ?」なんて囁いて。
部屋に行くには紀田の横を通らないといけないのでゆっくり足を進める。擦れ違いざまに臨也に出した声とは打って変わったドスの利いた声で「臨也になんかしたら殺す」と固まる紀田に送った。

「あはは、彼、俺の事が死ぬほど好きだからさあ、赦してあげて?」
「ぅ……い、いえ……」
「気に入らないからって勝手に君の事、殺したりしないから大丈夫」

そんな会話が背後から聴こえて来たが、既に意識を外している俺には興味が沸かない。兎も角早くあの餓鬼を追い出して欲しかっただけだった。さっきはあんなに臨也を邪険に思ったのに、俺に関心の矛先が向いていないと思うと途端に欲しくなる。俺はその不安定な周期を繰り返している。
別に紀田が帰った後の情欲とは関係無しに、臨也が欲しいと思う。あの眼に俺だけを宿して欲しいし、俺だけに声を聞かせて欲しい。臨也の細い手は意外に力が強いと言う事、する時は必ず整えている爪を切っているという事、何でも俺だけが知ってれば良い。ああ、臨也、早く終わらないかな。偶には俺からしたいって強請ったらなんて言うか。痕も見える所に付けて良いよ。なんか他人なんかどうでも良くなってきたし。それか、俺から覆い被さって、負けないくらい沢山臨也に痕をつけよう。ずっと残るくらい強く吸って。昔臨也の背中に爪を立てたけど今日も引っ掻いて良いかな。言っただろう、あの時。臨也の味は苦くて喉に絡んで、癖になるって。仕方ないんだ、甘い誘惑。そうさせるのは臨也なんだから。
ごろりとベッドに寝転ぶ。しんと静まり返った部屋の中で耳を欹てるが、厚い壁は二人の声を通さなかった。というか何で臨也はわざわざ俺と紀田を引き会わせたんだろう。情報屋と喧嘩人形が知らない仲じゃないと広まったら困るのはむしろ臨也じゃないだろうか。こんな事を繰り返し続けていれば何時かは俺の自宅を突き止めた誰かが同時に臨也の自宅を見つける事になる。臨也のする事は何時も難解で判り難い事が多く、今に始まった事じゃない。何だろう、俺に嫉妬心を煽らせる為だろうか。でも紀田と顔を合わせなくたって、事務所に紀田が来たという事実だけで俺は苛立つだろうに。俺の在宅時にすれば尚更。なんで。

(……あ)

もし俺が臨也の立場だったらと思うと、何となく判った気がする。
事実に近いそれを理解した事に高揚感が増し、くく、と嫌な声で笑った。時計は6時をやや過ぎた頃。少し寝て置こうと眼を閉じ、俺がこの事を言ったら臨也がどんな顔をするかなと想像しながら眠りについた。
暫く後に事務所の扉が閉まる音、続いて俺の部屋をノックする音で眼が覚める。ふらつく意識に返事をせずにぼんやりしていると臨也が入って来て俺の顔を覗き込んだ。

「寝てたの?」
「ん……」

軽く伸びをしながら頷く。ベッドに腰掛けた臨也を見て一気に意識が覚醒し、眠る前に零したのと同じ笑いを再現した。

「なに?」
「俺を紀田と接触させたの、わざとだろ」

上半身を起こして、挑発するように眼を細めながら言う。「へえ?」と口元を吊り上げる臨也に負けず劣らず性悪な笑顔を振りまきながら、細い肩を掴んで押し倒す。何時もと違うポジションに一瞬だけ眼を丸くした臨也が面白くて、猫のように小さく出した舌で目尻を舐めた。
長い髪が鬱陶しくて、手で耳に引っ掛けるようにかき上げる。猫にしては獰猛な顔を覗かせる俺に臨也は下から俺の頬に触れる。促されたと思った俺はくつくつと笑いながら臨也の髪を弄る。

「俺を外部の人間と会わせてお前との関係を示唆する。見せしめに紀田を選んだ。見た感じだけで言うが、あいつはあんまりヤバイ奴の事を広めようとするタイプじゃないから。俺の力とは関係無しに、ただ俺に近付くであろう勢力に向けての宣戦布告。俺のものに手を出すな、っていう、お前の独占欲。違うか?」
「シズちゃんにしてはよく考えたね」

臨也から立ち昇る気配。してやったりという顔で俺は唇を重ねる。満足だ。臨也は俺を逆撫でして、俺を更に溺れさせようとしている。

「どんだけ貪欲なんだお前は。こんな事して、シズちゃんが俺をいかに好きなのか再認識させよう、ってか?」
「大体、正解だね。見抜かれちゃうのは失態だったなあ。こういうのは無意識に本人に植え付けるから効果的なのに」
「もし俺が同じ事を逆の立場でしたら、嫉妬するか?」
「するだろうね」

血のように濁った眼を細めた。

「そいつの事、社会的にも精神的にも殺しちゃうよ」
「身体は生かすのか?」
「脳を生かさないと、後悔させられないでしょう?」

その瞳に酔う俺は、唇を触れさせながら「言えてる」と答えた。

「そんな回りくどい事するなよ、判り難い」
「判り難くしてるんだよ? シズちゃんが無意識に嫉妬したりするのはとっても嬉しいからね」
「じゃあお前のその感情に気付かずに、俺がお前から離れたとしたら?」
「離れられない癖に聞くの?」
「俺はお前と違って、曲がれないんでな」

言いながら臨也は舌を出し、「判ってる上で聞くなんて性悪な事、曲がってなきゃ出来ないよ」と頭を持ち上げて俺にキスする。お互い曲がりまくって、交差した所で感情を向け合う。気付くか否かはその都度違う。刺激的じゃないか。
俺は覆い被さっていた身体を退け、部屋の電気を消した。夕食は期待出来そうにないけど、別の食指が動いた。見せ付けるように服を脱いでベッド脇に投げ捨てる。上半身に何も纏わない俺がベッドの上で中途半端に身体を起こしている臨也の上に乗る。望まぬ理不尽な喧嘩の日々の所為で生傷が絶えず、何時の間にか鍛えられた俺の身体に臨也は指を這わす。

「あんまり大きな傷作っちゃ駄目だよ?」
「んっ……あ、判って、る……」
「特にこれより大きいのは論外」

臨也と手を重ねる。何を言っているのかはよく理解しているから、素直に頷く。

「紀田、帰ったのかよ」
「うん。これでこの街にお祭りがやってくるよ。楽しみだなあ」
「先に俺を楽しませろ」
「言ったね?」

すっかりその気になった身体、臨也が自ら服を捲り上げる。現れた滑らかな肌にこくりと喉を鳴らし、吸い付く。俺は臨也みたいに余裕なんて気取れない。次第にがっつき始める俺に臨也はにやついて顔を引き寄せる。

「シズちゃんが上は似合わないね」
「っ……」

そういうつもりは無かったんだが、認識させられるとそんな気がしてきて目線を漂わせる。俺の後頭部に両手を添えてぐっと引き寄せる。慣れない角度での口付け。位置は逆でも立場は同じなのに、まるで違う官能が期待と恐怖に胸弾ませる処女みたいで少し悔しい。

作品名:月曲 作家名:青永秋