きりぎりすごっこ
夜の公園を通って帰る。冷たい夜風は少しのぼせた身体には少し寒い。寒いけれど、それぐらいの冷気が丁度いいのかもしれない、とも思う。俺はまだ眠れないわけだし、目を覚ますにはちょうどいいのかも。白紙の原稿用紙を思い出すと、少し胸に重いものが凝る。
「……螢さん?」
ふと気がつくと、優雨は大分前を歩いていた。彼は彼で考え事をしていたのだろう、足並みがずれていることにはどちらも気がつかなかったようだ。それを不安に思う自分がいる。置いていかれているのではないか、という不安。気がつけば彼は居なくなっているのではないか。それが怖くて、
「手」
「え?」
優雨が少し照れたように甘い笑いを浮かべる。差し出された手がどんな意味を持っているか、思い当たるのに少し時間がかかった。その手を取るのにも、やはり少しだけ戸惑う。
俺は、この手を取っても、置いていかれてしまう。
「……恥ずかしい、ですか?」
「そりゃあ。でも、」
せっかく差し出された手なのだから。そう思って、その手を取る。俺よりも冷たいその掌にはっとする。
「螢さん、手、あったかいですね」
「君の手が冷たすぎるんだよ」
冬を越せない弱った小動物のように冷えたその温度。冬を迎えて、死にかかったきりぎりす。昔読んだイソップ童話では、蟻はきりぎりすを助けたものだったのだけど。あの蟻は、きりぎりすを心配したものだったけれど。
「螢さん、足遅いから」
「足遅いって云わないだろ。君が、」
云おうとして、言葉を飲み込む。
――君がさっさと俺を置いていっちゃうんだから。
「……ほら、帰るぞ」
「あれ、螢さん……続きは?」
「いいよ、もう」
今の彼はきりぎりすのふりをしていると、唐突に思う。もう、潮時なのかもしれない。置いていかれる前に、こちらから離れなければいけないのかもしれない。
俺は、彼の掌を強く握った。